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ウニー・ルコント監督
『冬の小鳥』

文=

updated 10.14.2010

ほんの少し遅れて気づく

文=川本ケン

この新人女性監督は、韓国人の風貌を持っているが、名字はどう見てもフランス人のものである。
つまりは韓国系フランス人ということになるのだが、単純に移民ということではない。この映画は、そのいきさつを語る。いきさつと言っても、父子家庭に育った少女がある日児童養護施設に置き去りにされ、最終的にはフランス人夫婦に引き取られるまでのお話しに過ぎない。
70年代韓国ではよく起こっていた出来事なのだという。

それがの映画では、奇妙な強度を持った語り口によって描かれる。
単に乾いているのでもなく、じっとり感情に湿っているのでもなく、スタイリシズムとしてのミニマリズムでもなく、メロドラマ的展開も見あたらないが物語の貧しさに開き直る様子もない。
もちろん、全体としてわかりにくいわけではない。むしろ、わかりやすすぎる。
だがその語り口を通して、言語化されない微妙なものがどのようにしてか我々の中に移植されている、というような種類の映画体験を提供する。

例えば、置き去りにされた少女が、どうにもならない世界の成り行きに憤り癇癪をおこす姿には、安易に感情移入できるだろう。だが、映画を見終えてからふと、冒頭映し出されていた父子家庭時代を思い起こしてみると、一見、幸せだった時代という紋切り型の描写に見えるのだが、実のところ、少女は父親に対して必死の媚びを売っていたということが、たったひとつの固定ショットの中に映し取られていたことに気づく。
また、父の自転車の後ろに座って、その背中に頬を寄せながら夕闇を進んでいく少女、という美しいショットがラストで繰り返される。一見、たしかに美しいが、どこか別の物語の中で見たような気がする。
しかしながら、そう考え始めた瞬間、予め失われるとわかっているが故に、その時間を抱きしめるようにして少女は微笑んでいるのだということに気づく。

知覚と認識の、そのほんの少しのずれのために、見る者のエモーションはいっそう強く締め上げられる。そういう意味で、かけがえのない痛切な体験の記憶だけが、そうと気づかないうちに我々の中に深く残るのである。

『冬の小鳥』
岩波ホールにて公開中

【関連サイト】
『冬の小鳥』オフィシャルサイト
http://www.fuyunokotori.com/

公開情報

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初出

2010.10.14 08:00 | FILMS