1970年前後に一枚だけアルバムを出して消えたというアーティストはたくさんいる。それだけでもひとつのジャンルをなしていると言ってもいいくらいに。そういう連中の残した作品の中には、ハッとさせられるくらいポップな魅力を放っている曲もあるのだが、だからといってアルバム全体を聴いてみると、それだけで消えてしまった理由がなんとなく理解できるという場合も少なくはない。「これを聴くのなら、歴史に名を残した誰それのアルバムを聴いた方が結局はよかったってことなんだろうな」という結果論によって、“売れなかった”事実そのものによって音までもがくすんだ湿り気を帯びているように感じられたり。もちろんそういうところがこの“ジャンル”の魅力のひとつなわけだが。
このドキュメンタリーの主人公、ロドリゲスというミュージシャンの場合は、70年と71年に二枚だけアルバムを発表した。共に数字をたたき出してきた大物系のプロデューサーによって製作されているのにも関わらず、まったく売れなかった。プロデューサーたち自身が、なぜ売れなかったのかいまだにわからないと語る。たしかに、キャッチーなメロディーと胸に迫る歌詞がある。音作りにも惜しみなく金をかけていることがわかるし、プロデューサーたちにとっても勝負に出たアルバムであったことはすぐに聴き取れる。なにしろ、斜陽の自動車産業と共に荒廃してゆくデトロイトの、そのさらにどん底を彷徨しながら演奏していたひとりの肉体労働者に過ぎなかった彼の第二作目は、ロンドンでレコーディングされているのだ。
こうして、ロドリゲスとの出会いを述懐する彼らの様子がすでにして神話を語る熱を帯びているわけだが、実のところその神話性は、「世間に見いだされることのなかった偉大なアーティスト」という枠組みの中に収まっているわけではない。この映画の物語はその先に存在しているのだ。
さて、そこからさらに20年近くが過ぎようとしていた頃、南アフリカに住むふたりの音楽マニアが、ロドリゲスの消息を探し始める。「舞台の上で拳銃自殺」というものから「ドラッグ中毒のまま獄死した」というものまで、ありとあらゆる死亡説が存在していた。アーティスト本人に関する情報のあまりの少なさと、作品そのもののイメージから生まれたものに違いないが、くだんの音楽マニアたちは、そんな風に据わりの良い神話には安住できなかったというわけだ。
監督は、スウェーデンのドキュメンタリー作家だという。ネタを探して南アフリカに渡り、半年を過ごす内にこの題材に巡り会ったらしい。つまり、日本人を含めて他の誰が撮り上げていてもおかしくない作品だったのだ。この事実に地団駄を踏まない作り手がいたら、それこそバカだろう。
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『シュガーマン 奇跡に愛された男』
3月16日(土)角川シネマ有楽町ほかロードショー
配給:角川映画
(c) Canfield Pictures / The Documentary Company 2012
公式サイト sugarman.jp
スタジオ・ボイス特別号「MUSIC in CAR」>>
“わたしのドライビング・ミュージック”は、近藤良平さんの「荷物をたっぷりのせた軽自動車の中で」です!
初出
2013.03.15 10:30 | FILMS