全身からエロい空気を放射している女編集者が、色道を極めたニオイをプンプンさせている作家の家に到着する。現在進行形ではなさそうだが、作家との間にも明らかになにかがあったようだが、それでもその妻と三人の間にあるのは、信頼と友情の関係のようであり、それがプロフェッショナリズムに基づいていることは確かなようだ。
という具合に冒頭の数分間が過ぎるだけで、老境に入りつつある作家と二人の女たちそれぞれの間には自律的な物語が幾重にも積み上げられ、そのひとつひとつがおそらくはこの映画によってこれから切り取られる時間経過と同じくらいの密度を持っているに違いないということが、直ちに理解される。
そこから先、若い女性キャスター、金持ちの放蕩息子といった主要な登場人物たちに加えて、怪しげな会員制クラブのマダムから常連客のひとりひとりに至るまでが、物語に奉仕している様子も見せないまま誰にも止められない必然性をもって物語を進行させてゆくその道行きを、観客はただ固唾を呑んで見守ることになる。
それは紛れもないサスペンスであり、やみくもな暴力や犯罪の闖入はひとつもないが、映画全体がどこにでも到達しうるという不穏さの塊となる。すべての登場人物が類型の中に収まるように見えて、しかしながら誰ひとり悪意を持つ者として弾劾されることがない。もちろん、善意の無垢さを体現する者もいない。それでも地獄は現出し、だが地獄すらもことさらに描きたてられることはない。すべては人間のなす技であり、それ以上でも以下でもない。冷淡でも共感溢れるわけでもない。ぬるいヒューマニズムもなければ、幼稚な露悪もない。成熟とはこういうことを指すのだろうという映画。
その精密機械のような機能ぶりから、本作を見ながらシドニー・ルメットの『その土曜日、7時58分』をなんとなく思い出していたのだが、周知のとおりそれがルメットの遺作となった。シャブロルももういない。最後にこういう珠玉の小品を遺して世を去るというのは、カッコイイと思わされた。
『引き裂かれた女』
渋谷シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開中!
□『引き裂かれた女』オフィシャルサイト
http://www.eiganokuni.com/hiki/
□クロード・シャブロル未公開傑作選
日時:5.21(土)〜6.10(金)
場所:渋谷シアター・イメージフォーラム
http://www.eiganokuni.com/meisaku2-chabrol/schedule.html
初出
2011.04.18 10:30 | FILMS