Vol.4 元旦の一冊
SLAVOJ ŽIŽEK 『Living in the End Times』
「終末」を生きるために
文=川本ケン
天下に拡がる混沌を見渡し、好機が訪れたと認識した毛沢東の言葉通り、リーマン・ショック以降のいよいよ欠陥を露呈させ混乱を拡大させる一方の「グローバル資本主義」世界にあって、アクチュアルな発言をますます矢継ぎ早に繰り出し、猛烈な勢いで執筆し続ける「今最も危険な思想家」スラヴォイ・ジジェクによる、今のところ最新の単著(『ポストモダンの共産主義』(ちくま新書)の次に書かれたもの)。きわめて高速で、具体的で、胸のすくような本。
ここでジジェクが展開するのは、我々の生活のあらゆる次元に見られる終末の兆候を受け止め、文字通り「脅威」を「好機」と捉え直すための思考である。「終末を生きる」ための具体的な方策と言っても良い。それを、エリザベス・キューブラー=ロスによる五段階の「死の受容プロセス」に従って解き明かしてみせる(もちろん、五つが順にやってくるわけではなく、すべてが同時に、あるいは順不同に顕れることもある)。
曰く、
①「否認」=単純に、事実を認めない=「そんなはずはない!」:ハリウッド超大作から反啓蒙主義的ニュー・エイジなどの似非終末思想に現れている、我々の生活を糊塗するまやかしの思想を分析。
②「怒り」=事実を認めざるを得なくなり、爆発する=「なんで私なの!?」:世界を覆うシステムに対する暴力的な抵抗、特に宗教的原理主義について考える。
③「取引」=なんとか事実を遅延させたり消滅させたりできるのではないかという淡い希望のもとに=「せめて子供が卒業するまで待って……!」:政治経済への批評を検討。マルクス主義理論の核心部の更新を求めながら……。
④「抑鬱」=あらゆる本能的エネルギーの減退=「どうせ死ぬんだし、なにしてもムダ」:来るべき「崩壊」が及ぼすであろうインパクトについて、精神病理などの、すこし意外な側面から考えてみる。
⑤「受容」=「避けられないなら準備をはじめよう」:出現つつある解放思想の兆候を見つめる。文学その他の中に見られる「ユートピア」(例えばカフカによるネズミのコミュニティーからTVドラマ『ヒーローズ』に見られる異形の者たちの集団)など、様々な形を取るコミュニズム的文化の萌芽を観察。
いまや、「グローバル資本主義」そのものが崩壊の淵にあるということに異論の余地はないだろう。現場対応でどんなに細かな調整や修繕を施したところで、「機能不全」とされている兆候こそがこのシステムの本質そのものであることが明らかになった今、常識的な感覚の持ち主が新たなシステムを模索するのは当然の反応であり、そのこと自体の中にはなんら過激なところはない。
2011年は、せめてそんな認識から始めたいところ。
SLAVOJ ŽIŽEK/『Living in the End Times』/VERSO
http://www.amazon.com/dp/184467598X
□インタヴュー動画
『Living in the End Times』をもとにした、VPRO(オランダのTV局)でのジジェクのインタヴュー番組より
□サムネイル/詳細画面
http://zizek.us/
初出
2011.01.01 00:00 | PICKUP