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ゲイリー・シュタインガート
『スーパー・サッド・トゥルー・ラブ・ストーリー』

“この後二人はどうなるの?”

文=

updated 11.27.2013

アメリカ経済は破綻し、ドルは中国元と連動しなければ価値を持たない。ニューヨークはもはやグローバル経済の中心地ではなく、中国のような圧倒的経済力を持つ“大国”によって救済されるべき、すなわち搾取されるべき“スラム”と化して久しい。一党独裁の軍事政権下、人々の価値はただひとつ消費する力によって規定され、経済力=信用度はおろか性的魅力やら人気度ランキングにいたるまですべてが数値化されているのみならず、そういった数値は、携帯端末を通して常時公開されている。こうして、経済力が不十分な人間たちは、不可視の存在と化す。

主人公レニー・アブラモフは、そんな街で人間を不死化する研究と実践を行う企業に勤務している。齢39歳、もう若くはない。この時代には「臭く不潔な」メディアと見なされている書籍を愛している。オールドスクールな趣味人というより、奇人やヘンタイの部類に入る。

そしてレニーは、ひとりの若い女の子に出会う。ユーニス・パークという美しき韓国系アメリカ人。とうてい不釣り合いな二人だが、ユーニスの側も、父の暴力の前に母と妹を残して家を出たという脆さを抱えている。そう、そこにおっさんのつけいるわずかな隙間がある。もちろん彼にしてみれば、ひたすら彼女への愛に身を焦がしているだけなのだが。

そういうわけで、当初あり得ないように見えた二人の同棲がはじまる。はじまるのとほぼ時を同じくして、アメリカ経済と社会は最終段階とも言うべき混乱に陥り、内戦状態となる。

というあらすじから思い浮かぶ作品はいくつもあるだろう。

まず、若くて美しい女の子に翻弄される物語という側面からは、マーク・ウェブの映画『500日のサマー』、荒廃した近未来NYの景色は、ジョン・カーペンターの映画『ニューヨーク1997』からブライアン・ウッドによるグラフィック・ノヴェル『DMZ』に至るまでの作品群。合衆国軍と、分離独立派である自由州連合軍との内戦状態にあるアメリカで、マンハッタン島が非武装地帯(=DMZ)に指定されるという設定を持つ『DMZ』は、2005年にその第一号が刊行されている(2012年完結)ので、2010年に上梓された本作へ影響はとりわけ大きいのではないかと想像される。

とはいえ、そうしたディストピア設定がこの小説の主眼ではない。むしろ、童貞マインド旺盛な中年男のダメな恋愛という物語、すなわち『500日のサマー』的な要素こそがその核にあるし、作中描写される主人公の風貌は作者シュタインガートそのものだったりもする。なあんだ。てことは、単に自分のダメ恋愛話を近未来SF的設定の中で展開して見せただけなのか。この韓国娘フェチのヘンタイ白人め。などと片付けてしまってはいけない。「自分のダメ恋愛話を、近未来SF的設定の中で展開して見せた」というところが重要なのだ。

実体験の恨み節をそのまま全開にした『500日のサマー』は、その生々しいイタさで我々を楽しませてくれたわけだが、本書は、そういう楽しみの次元には収まらない。レニーの書き留める日記の一人称だけで押し進めていたとすれば、そこにどれだけSF的設定をもちこんだところで、私小説的せせこましさを脱することは難しかっただろう。だが本書の場合、そこにユーニスのメールやチャットという形で、一人称の逆構図を導入する。それはレニーの、つまりは作者自身のナルシシズムを容赦なくズタズタに引き裂いてゆく。

読者の期待、すなわちレニーの妄想に寄り添ったとしても、恋愛ものとしての高いエンターテイメント性は確保できただろう。だがこの作品は、それを引き裂き続けることで、別次元のサスペンスを生成する。サスペンスというのは、ごくごく単純に、「この後どうなるんだろう?」ということになる。

ただし、「この世界はいったいどうなってしまうんだろう?」=「この二人はいったいどうなってしまうんだろう?」という図式、つまりこの作品が「世界系」的な想像力の中にあるということではない。この二人がどうなろうと、世界のありようにいかなる影響も及ぼさないし、及ぼすわけがない。むしろ、「この世界はどうなるんだろう?」というサスペンスが、最終的に「この二人はどうなるんだろう?」というサスペンスから完全に切断されているという厳しい認識からブレなかったからこそ、この小さな物語はアクチュアリティと予見的な衝迫力を帯びることになった。

かくして、「おっさんのダメ恋愛話」は、この時代と、この時代の中にすでに内包されている絶望的未来のエッセンスそのものとなるのだ。そして読者は、冒頭数十ページを辿っていた頃には思いも寄らなかった速度でこの小説に引きずり込まれることになる。

☆ ☆ ☆

『スーパー・サッド・トゥルー・ラブ・ストーリー』
ゲイリー・シュタインガート/訳=近藤隆文/NHK出版
http://www.amazon.co.jp/dp/414005638X

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初出

2013.11.27 10:00 | BOOKS