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発見される風景

ジョナ・ヒル
『mid90s ミッドナインティーズ』

文=

updated 09.06.2020

映画のタイトルは「mid90s(90年代半ば)」、主人公はスケーター少年たち、そして自伝的な物語と聞けば、当然のことながら〝あの頃のあの街〟を映像に収めるつもりなのだろうとこちらは期待する。時代を凝縮する音楽、ファッション、言葉使い、そして風景によって、スクリーンはくまなく埋めつくされるにちがいない。たしか監督のジョナ・ヒルは1983年生まれで、主人公のスティーヴィー(サニー・スリッチ)は13歳だから、これは1996年頃の話ということになるな、と考える。

1996年の年明けには「ブリザード・オヴ・96」と呼ばれる大寒波がアメリカ東海岸を襲い、マンハッタンまでもがおとぎ話めいた白銀の世界と化し、路上に溢れるウソのような善意を目にすることになったことを思い出す。何日間かフライトがキャンセルされ続けた挙げ句ようやく大陸を横断してLAに降り立ってみると、あたりまえのことだが東海岸とは無関係に空は晴れ渡っていて、翌日にはTシャツ1枚でサンタモニカからヴェニスにかけての海岸をインラインスケートで走り抜けたのだった。気温は充分に汗ばむほどの高さがあって、砂浜にある公衆トイレの陰にはポルノを撮影しているらしいクルーの姿も目に入った。同じ頃、もしかしたらまさにその日にも、海岸線からはるか内陸部に入ったイーストLAでは、ジョナ・ヒル少年が屈託した顔でスケートに乗っていたのかもしれない。

などとよけいな追想が湧き上がり切ったところで映画がはじまるのだが、なによりもスタンダード・サイズが選択されていることに、まず虚をつかれる。なにしろ、ワイド画面に馴れきった目にはほとんど正方形にも見える視界の狭さなのだ。周知のとおりLAはどこまでも平面に拡がる街で、上述のように〝あの頃〟を高濃度で詰め込みたいのであれば、できるかぎり横に広い画角を選びたくなるのが人情ではないだろうか。だがそうしなかったところにこそこの作品の価値があることは、すぐに理解される。

スティーヴィーは、母のダブニー(キャサリン・ウォーターストン)と兄のイアン(ルーカス・ヘッジズ)と暮らしている。兄は身体を鍛えまくっていてすぐに暴力で制圧してくるし、母親は子どもたちへの愛情にあふれているが生活に懸命で、スティーヴィーの内面を深く思いやる余裕がない。そういうわけで、絶望的な家庭環境ではないものの、居場所の見つからないスティーヴィーは路上にさまよい出る。そこでふと足を踏み入れたのがスケートボード・ショップだったというわけだ。やがてボードを手に入れ、ショップにたむろする少年たちとともに走りはじめる。スティーヴィーにとってそれはとりもなおさず、〝仲間〟という他者との出会いであり、〝地元〟という未知の街の発見でもあった。

つまりスクリーンの横幅の狭さは、そのままスティーヴィーの視界の狭さなのだ。街は最初から広がりとして存在しているのではなく、縦走する少年の視線によって、少しずつ発見されていく。スケーターとしての彼は、あらかじめ風景の中に組み込まれているのではなく、街を走り抜けたあとになってようやく風景の一部となるのだ。だから、望遠レンズで撮られた数少ないロングショットが、スティーヴィーと街との関係の変容を示すものとしてくり返し差し込まれることになる。当初は先行する仲間をけんめいに追う、いわば風景の外縁部にいる存在でしかなかった彼が、後半では風景の完全なる一部と化していることに気づくだろう。

そしてここではある曲のイントロが流れはじめて、再び虚をつかれることになる。モリッシーの「We’ll Let You Know」が、まったく別の曲のように響くのだ。思えば、「ぼくたちどれだけ悲しいのかな/どれだけ悲しかったのかな/教えてあげるよ/ほんとうに知りたかったら」という意味の歌詞が、これほどまでに切実に聞こえたことはなかったかもしれないことに気づく。そういえばこの曲が入っているアルバム『Your Arsenal』(1992年)自体、『Kill Uncle』(1991年)と『Vauxhall and I』(1994年)の間に埋もれているような印象があった。それがまるで、スティーヴィーが発見するLAの街そのものと一体化するかのようにして、突如、屹立して耳から離れなくなるのだ。それは時代からもモリッシーという文脈からも自律した立ち上がり方だった。

スティーヴィーたちの姿がどれほどリアルに時代を体現しているのか、仲間たちの背景や彼らとの間にどういう人間関係が立ちあがってくるのかということについては、映画を見ればわかることだ。きわめて巧みに、過不足なく語られている。ただこの作品には、まるで〝90年代半ば〟はこの映画一本で発見された、とすら言いたくなるような奇跡の瞬間があったという事実だけを、ここでは記しておきたいと感じた。

公開情報

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9月4日(金)より、新宿ピカデリー、渋谷ホワイトシネクイント、 グランドシネマサンシャインほか全国ロードショー