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中子真治
『中子真治 SF映画評集成/
ハリウッド80’s SFX映画最前線』

なにひとつとして、色あせたものはない。

文=

updated 11.29.2013

あの頃、公開される映画は一本ごとに、全く見たことのない新しい現実を体験させてくれていた。映画館を出た後は、たった今目撃してきたばかりの現実と、それを出現させ得た新しい技術について、果てしもなく議論し続けたものだった。

たしかに、いくら80’sリヴァイヴァルを経由してきた目で見ても、やっぱりオリジナルな80年代は髪型も服装もダサいし、音楽もペラペラであることに異論はない。でも、SF映画というか、SFX映画だけは今の目で見直しても輝いているものばかりなのではないだろうか。いや、「技術的限界に目をつむれば、映画の持っていたアイディアそのものの斬新さにおどろくだろう」、などという落ち着きのよい言葉を吐きたいわけではない。単純に、一本一本が面白かったし、今でも面白いではないかということなのだ。

とにもかくにも、映画館に向かう道は、間違いなく未知へと繋がる道だった。それは比喩的表現でも何でもない。当時小六だった我々は、これから体験することになる新しい世界の様子を、予告篇で見ることのできた映像の断片から想像し、期待を無限に膨らませながら歩いていた。

時はたしか1982年。場所は南米のとある首都。季節は夏。住宅街の街路樹は光り輝き、鳩の声が響いていたに違いない。映画館はショッピング・モールの中にあり、待ち時間は併設されていたビデオ・ゲーム・アーケードで過ごすことになるのだが、そこには、宇宙戦闘機の戦いをワイヤーフレームで表現する一台の筐体があった。それは、これから見る映画の延長線上にある現実だった。

映画のタイトルは『トロン』。ほとんど理解できない英語のセリフと、同じくらいちんぷんかんぷんのスペイン語字幕。だが我々は、まさしくこの世界を認識するようにして、囁き声で議論し合い想像力をすべて稼働させながら映像を解釈し、物語を見いだそうとする。そしてその理解は、ほとんど誤っていなかったのだ。

その時のワクワク感は、この本にすべて詰め込まれている。ノスタルジックな記憶を蘇らせられるのではなく、あの頃の映画に感じることのできた興奮そのものが、ここには刻印されている。ぱらりと巻を開けば、そこではすべてがリアルタイムなのである。

デイヴィッド・リンチは恐るべき新人だし、インディアナ・ジョーンズは『レイダース』で誕生したばかりだし、コッポラは『ワン・フロム・ザ・ハート』を撮影中だし、『ブレードランナー』も出来上がっていない。

本書の著者中子真治氏は、SFX映画を専門とする映画ジャーナリストである。80年から86年までの間LAに住まい、今や雲上の人とも言うべき大巨匠となったクリエイターたちとも親しく交流し、神話の世界に入れられる作品の撮影現場を訪れ、とにかく溢れんばかりの楽しさと興奮と愛に満ちた記事の数々を日本に送り込み続けた。

もう少しページを繰っていくと、ハリソン・フォードが氏の自宅を訪れて、インタヴューに答えている……! 『レイダース』公開直後、『ブレードランナー』の作業が終了したばかりの時点である。34歳だったスティーヴン・スピルバーグのインタヴューもある。特殊メイク・アップのリック・ベイカーや、『レイダース』で顔面をどろどろに溶解させたクリス・ウェイラス、あるいはまだ「エリートSFXアーティスト」だったジェームズ・キャメロンの姿もある。

どんなにものすごい映像を目にしても、「CGでしょ?」のひとことで済まされてしまう時代はまだ到来していない。スクリーン上で起こることは、たとえミニチュアだったりコマ撮りアニメだったりしても、カメラのレンズの前で起こった紛れもない現実そのものだった頃の話だ。それは現実であったからこそ、我々の胸をアツくさせたのである。

前述の事情によって、だいたい82年末から85年末くらいまでの間日本を離れていた筆者は、その時期に書かれ、少年たちの心をたぎらさせた記事の数々とは、残念ながらリアルタイムで接することができなかった。一本一本が、あの頃に出会っていたらスクラップ・ブックの中にしまい込まれ、血肉となっていたに違いない原稿ばかりである。なにひとつとして、色あせたものはない。だからこそ、今ここでこうして読めるということが重要なのだ。

ため息をひとつついてから、もう一度隅々まで読もう。そこではきっと、これから作られるべき映画の姿が語られているはずだから。繰り返しになるが、見逃してしまった映画を懐かしく見直そうということではない。あり得べき映画の姿を幻視し、それを現実化させようということなのだ。

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蛇足ながら、80年代映画の裏面史とでも呼ぶべき『80年代悪趣味ビデオ学の逆襲』で紹介されている作品群にもまた、「ハリウッド80’s SFX映画最前線」に負けるとも劣らぬ熱気が充填されている。この二冊を併読することで、せせこましい映画観がグイと押し広げられるだろう。

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中子真治
『中子真治 SF映画評集成/ハリウッド80’s SFX映画最前線』

中子真治/洋泉社
http://www.amazon.co.jp/dp/4800302811

■「中子真治 SF映画評集成」発刊記念イベント
映画秘宝 presents「ナカコ・ナイト2」
日程:12月6日(金)
会場:新宿ロフトプラスワン
時間:開場:18:00/開始:19:00
入場料:前売:1,800円/当日:2,000円
[出演]中子真治
[司会]多田遠志
[ゲスト]神武団四郎(「中子真治 SF映画評集成」編集者)
高橋良平(映画評論家、元「スターログ」副編集長)他
詳細は以下で:
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/19679

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初出

2013.11.29 10:00 | BOOKS