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こーゆーことでいいんだっけ?

ポール・トーマス・アンダーソン
『インヒアレント・ヴァイス』

文=

updated 04.14.2015

時は1970年、場所はゴルディータ・ビーチ(架空の地名で、LA国際空港のすぐ南に位置するマンハッタン・ビーチをモデルにしているとされる)。ある晩、探偵業を営む主人公ドック(ホアキン・フェニックス)のもとを、別れた恋人シャスタ(キャサリン・ウォーターストン)が訪れ、ひどく追い詰められた様子で頼み事をする。まあひとことでいえば、いま付き合っている愛人である億万長者ウルフマン(エリック・ロバーツ)に対する犯罪計画を耳にしたので、少し調べてくれないかというわけだ。それで捜査に乗り出してみると、いつのまにか土地開発やら麻薬取引を巡って警察やら謎の組織やらの入り乱れる陰謀の濃い霧の中をさまよい歩いていることにドックは気づくというお話である。

四六時中ハッパできまりっぱなしのドックは、ボサボサのアフロにビーチ・サンダルというなりでペタペタ歩き回っているが、今目の前で起こっていることがほんとうに起こっていることなのか妄想なのかわからなくなることがあって、そういうときには「妄想警報」を自分に向けて発令するようにしている。

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ことほど左様にドックの姿と言動はヒッピーそのものなのだが、それでもやはり、1969年のチャールズ・マンソン事件などを契機に、その価値観が決定的な曲がり角をむかえてしまった後の時代を生きているという喪失感が全身に刻印されている。彼のレイドバックした感覚は、明らかにハッパだけではなくかなしみ混じりの諦観にも起因するものなのだ。

ドックにとっての喪われたものとは、シャスタと共に過ごした時間として記憶の中に結実している。だから、喪われた過去を体現するシャスタが、資本という形で剥き出しになった欲望の体現者として風景そのものを急速に更新しつつあった土地開発業者の安否を巡って亡霊のように出現するということ自体が、変貌しつつあるアメリカの兆候そのものであるようにも感じられただろう。思えば、ほとんどすべての登場人物がなにか重大な喪失に起因する悲しみを抱えているように見えないだろうか。人権侵害が生きがいでヒッピーを嫌悪するLAPDの刑事ビッグフット(ジョシュ・ブローリン)にしてからがそうなのだから。

普通の探偵ものならば、主人公が動き回れば回るほどいろんな手がかりがいろんな方向を指し示すかたちで出現し、探偵はそれをかいくぐったり整理したりすることで真実のありかを探ることになるわけだが、この物語の場合、至る所に出現するキーワードやら情報の断片やら奇妙に遍在する人物やらが、すべてひとつの方向を指し示しているようにしか見えないのだ。

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「いったいこれがハッパによる妄想の兆しでなくてなんなのだ!」という気分に、当人はなるだろうし、それを見ているわれわれの方も狐につままれたような気分が続くことになる。すべての謎が明かされ、収まるべきものが収まるべきところにおさまり、変えられないものはなにもかもその場所に落ち着いてしまった後になっても、その気分は続くだろう。その、「ええっと……でもこーゆーことでいいんだっけ……?」という困惑混じりの問いとは、1970年以降アメリカを、ということは全世界を覆い尽くしてゆくことになったモノの抱える「固有の欠陥(=inherent vice)」に向けられたものなのであり、それこそがこの物語の核なのである。

この映画を見てからしばらくの間は、完璧に真芯を外しているという感覚がどうしても拭いきれなかった。だがその違和感は、上述の問いと表裏一体となったものであることにいまようやく気づいた。原作を読んでからだいぶ時間が経っているので細部をほとんど忘れているが、たぶんかなり忠実な脚本化なのだろう。膨大なディテイルを整理し、一本の筋の中でエッセンスを展開すればおおむねこういうことになるなのだ。ただ、その過程で喪われたディテイルの痕跡ないし記憶が無意識の中に滞留し、おそらくはそれが主人公たちの抱える喪失感に似た機能を果たしたにちがいない。そのため、今目の前のスクリーン上で起こりつつある出来事に抵抗したいような気分に、わけもなくなってしまったのかもしれない。むりやりいえば、だが。でも、喪われたことすら忘れられたモノの中にこそ重要なモノがあるということは、たしかにある。

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そういえば、ドックの物語が展開されるまさに1970年に公開されたミケランジェロ・アントニオーニの『砂丘』は、異邦人アントニオーニの目に映るアメリカがただ茫漠と捉えられただけのような作品に見えるわけだが、それでも映画の重要な部分を、土地開発業者たちの会話が占めていることを思い出した。失踪するウルフマンがその中の一人だったらという妄想がひろがり、俄然楽しい気分になった。

公開情報

4月18日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田ほか全国公開
(C)2014 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC,AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED
配給:ワーナー・ブラザース映画