これまで一貫して、“神の視点”としか呼びようのない、気の遠くなるような隔たりと息の詰まりそうな近しさが共存する映画を作ってきたテレンス・マリックのことであるから、最新作が広い意味でのドキュメンタリー作品で、それが宇宙の誕生と成長、そして生命と人類の歩みを見せるものだと聞いても、意外なところはない。特に『ツリー・オブ・ライフ』（11）で物語が辿り着いた先を目にした後では、むしろマリックの本質にあるものがとうとうかたちになったという感想を抱くだろう。

実際、この作品の制作ははるか1976年から開始されていた。5年ほど前にプロデューサーのひとりであるソフォクレス・タシオリスがプロジェクトに招き入れられた時点では、それが60分ほどの素材に結実していた。一本の作品を成立させる映像や視覚効果など足りない要素はいくつかあったが、試写のあとの「長い晩餐の席上」では、とりわけ「どういう観客に向けた作品にするのかというポジショニングが必要だという話をした」という。

70年代であったらスペクタクルとして大きな価値を持ったに違いない動物の映像なども、タシオリス自身も携わった『ディープ・ブルー』（04）、『アース』（07）といった作品を見てきた現代の観客に対してはおなじ衝撃力を持たない。それよりも、「自然科学の知見に裏付けされた映像と、マリックのアーティストとしての感性が融合している点にこそ、この作品の持つ唯一無二の価値がある」と彼は語る。つまりは、徹底してマリック映画にすべきだという提案がそこでなされたのだろう（ちなみに、当初出来上がっていた60分の素材の中からは、火山や水中撮影パートなど、視覚効果を必要としない一部分だけが最終版に残された）。

方向性が定まってからの歩みもまた、平板ではなかったという。マリックの完璧主義は、新たな科学上の発見があればそれをすべて作品の中に取り込まなければ気がすまなかったのだ。プロデューサーたちは科学的な発見のニュースに怯えながら過ごし、しまいには、マリックにニュースを見せないようにして映画をギリギリのところで完成にまで持ち込んだとタシオリスは笑う。

宇宙が生じる瞬間にはじまりそれが広がり惑星が形成され、変動する地殻と海の中で誕生した生命がさまざまな形に分化し地上に上がり、恐竜たちが地表をのし歩いた後滅び、やがて人類となる二足歩行の生き物の姿が現れる。といった宇宙と地球の歴史を、自然科学によって得られた知見を元に映像化し、それを時間軸だけに沿って展開される図解としてではなく、それ自体が言語を超えた衝撃を与える映像の連なりとしてわれわれに提示される。

90分版ではそこにただ、ケイト・ブランシェットによる声だけが言語的な要素として加わっている（IMAX版では、科学教育映画的機能を持たせるためにさまざまな解説が加えられ、ナレーターはブラッド・ピットが努めている）。

声はナレーションというよりモノローグであり、絶望の淵にある人類最後のひとりの遺言のようにも聞こえるし、生命に呼びかける宇宙すなわち神の声のようにも聞こえる。手塚治虫『火の鳥』未来編の最終パートにおいて、時間を超越した生命体としてたったひとり生き残ってしまった主人公の呟きを思い起こさせる響きを持っている。

当初は「宇宙の誕生」、「生命の誕生」といったわかりやすい出来事を識別しながら映像を見ているわけだが、そのうち超マクロの視点と超ミクロの視点が重なりはじめ、区別がつかなくなっていく。やがては区別する意味すらないことに気づき、すべてがひとつらなりになっているという感覚だけが残り、高すぎも低すぎもしない不思議な陶酔状態へと誘い込まれる。ドラッグ・ムーヴィーとしての効能を語りたい向きも多いのではないだろうか。ギャスパー・ノエの『エンター・ザ・ボイド』（09）そのもののようなショットもあった。

そして見終えた後に残る触感は、すべてのマリック映画と同じものだった。なにか遠くて近い大きなものに遭遇しその中にのみ込まれてふたたびこの世に出てきたという感覚である。

プロデューサーの一人、ソフォクレス・タシオリス