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雨に沈む街と過去から蘇るもの

マイケル・ペトローニ『心霊ドクターと消された記憶』

文=

updated 05.12.2016

精神分析医ピーター・バウアー(エイドリアン・ブロディ)は、娘を交通事故で亡くした痛手から立ちなおっていない。学生時代を過ごした街に戻り、恩師ダンカン・スチュワート(サム・ニール)によって紹介された患者たちを細々と診察することで、どうにか毎日を過ごしている。

抑鬱状態の妻は朝から薄暗い寝室にこもったままだし、彼自身、事故が起こった瞬間の記憶を蘇らせることができない。ダンカンにうながされて娘の名を口にしようとしただけで、深く動揺してしまうのだ。闇に沈む石造りのゴシックな街には雨が降りしきっていて、晴れ間は訪れそうにない。それは彼の精神状態そのものでもある。

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そんなある日、診察時間を過ぎてから、ひとりの少女(クロエ・ベイリス)が診察所に現れる。問いかけても言葉を発しないが、身につけていた学生証からはエリザベス・ヴァレンタインという名であるらしいことが判明する。ところが、いざ診察となった途端、あるメモを残して姿を消してしまう。

正直なところピーター自身も、自分が幻覚を見ていないということに自信を持てない。実際、ダンカンはその可能性を冷静に示唆する。エリザベス・ヴァレンタインの頭文字「E.V.」を発音すると、亡くした娘の名「イーヴィー」になるではないかと。エリザベスの残していったぬいぐるみだって、娘の遺品の中から自分で取り出したのかも知れない。だが、メモに書き付けられた四桁の数字は、ピーターの記憶の奥底からある記憶の欠片を呼び覚ます。それは彼の高校時代、1987年におこった出来事にまつわるものだった。

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世界にはいったい何が起こってしまったのか。いや、すべてはピーターの頭の中で起きている出来事なのか? エイドリアン・ラインによる『ジェイコブズ・ラダー』(90)を思い出させる暗示や象徴に充ちた展開が少しずつ積み上げられていく。だが、これ以上に物語の細部に触れるのはやめておこう。決して大どんでんがえしということでもないし、あっと驚く結末ということでもないが、醸成されている雰囲気は心地いいし、一貫した映像の質やトーンはわれわれの関心をそらさないだろう。この手の映画が好きな向きには、意外と楽しめる作品に仕上がっている。

個人的にちょっとだけ意外な収穫だったのは、この映画が提示して見せたオーストラリアの風景だった。真っ暗な都市(おそらくメルボルン)の風景は、ヘタなニューヨークの街角よりもずっと「ゴッサム・シティ」なニオイを放っていたし、そこから数時間列車に乗っていった先の田舎の風景も、アメリカ北西部とニューイングランドが混ざり合ったような、不思議な手ざわりがあった。この触感ならもうすこし眺めていたいし、この舞台で他の物語も見てみたいと感じさせる種類のものである。

公開情報

(C) 2014 Backtrack Films Pty Limited; AP Facilities Pty Ltd; Screen Australia and Screen NSW
5月14日(土)角川シネマ新宿ほか全国順次ロードショー
公式ホームページ: www.shinreidr.jp
提供・配給・宣伝:プレシディオ/協力:松竹