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イイ顔のオヤジたち

ナヴォット・パプシャド+アハロン・ケシャレス『オオカミは嘘をつく』

文=

updated 11.19.2014

イスラエル映画でしかも娯楽映画と聞くだけで、先ずはこの映画の心意気が伝わってくるというものだが、そのジャンルが「サスペンス/ノワール」だったとしたらどうなのか。「サスペンスなんて、イスラエルの日常そのものなんじゃないの?」というのが、最初に浮かぶ率直な疑問ではないだろうか。

果たして、まさにその通りであるが故にこの映画はわれわれにとってさらに面白くなったし、イスラエル人である作り手や観客たちにとって作られる意味を持ったのだ、という作品であった。

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冒頭、かくれんぼをしているひとりの少女が行方不明となる。手段を問わない乱暴な捜査が行われ、刑事たちはひとりの容疑者を拷問にかける。メガネをかけた気の弱そうな、だがいかにもヘンタイ風といえなくもない学校教師のドロール(ロテム・ケイナン)である。間もなく、頭部を切断された少女の遺体が林の中で発見される。

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廃墟の中で行われていたその尋問場面を、ひとりの少年が撮影し、ネット上に流す。われわれの一般的な感覚やアメリカを中心とする主流な娯楽映画の規則では、ただちに警官たちが激しい批判に晒されるというのが、次に発生するべき事態だろう。だがここでは、まず教師が「小児性愛者」として生徒たちの嫌がらせを受ける。尋問の首謀者である刑事ミッキ(リオール・アシュケナズィ)は、交通課へ飛ばされるという、われわれからすると軽いとしか思えない処罰を受けるにすぎない。しかしこれこそが、このあとの展開を支配する社会の基本的な空気を構成しているものの顕れなのだ。

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ミッキは、署長による非公式な命令、あるいは暗黙の了解を得て、非番のときに単身ドロールを拉致し、自白をかちとろうとする。そこへ、少女の父親キディ(ツァヒ・グラッド)が現れる。いまだ発見されない娘の首と犯人への復讐を求めるキディは、監禁・拷問目的のため、あらかじめ人里離れたところに一軒屋を借りてあった。ドロールとミッキは、その地下室に拘束されることになる。

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このあたりから映画は完全に、凄惨なブラック・コメディと化す。息子キディの様子を心配した老父ヨラム(ドヴ・グリックマン)が、母親の作ったスープを抱えて拷問屋敷の戸口に現れるのだが、地下室で進行中の出来事がヨラムに予見するのかどうかというサスペンスは、あっさりとヨラムもまた拷問に参加するという成り行きを呼び、笑いをもたらす。その上ヨラムは、軍隊で学んだという拷問の方法論にも一家言を持っている。その時に吐かれるセリフこそが、この映画を構成するイスラエルという国家への風刺意図を最も凝縮したものなのではないだろうか。

いや、風刺だとかイスラエル国家だとか、ついつい現実と重ね合わせながら見たり考えたり書き付けたりしたくなるわけだが、そんなものはすべて取っ払ってみたところで面白く仕上がっていることに変わりはなく、その自律した娯楽性こそがこの映画の力なのであり、ぐるりと回って風刺としての鋭さでもある。だから結局のところ、なにも考えずに爆笑したり尻のあたりをもぞもぞさせたりしながら見るのがいちばん正しいのだ。

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それにしても、教師役も含めて、オヤジたちの顔がすべてあまりにもイイ。そのうえ、同じくオヤジ映画だった『裏切りのサーカス』(11)が英国らしい慎ましやかさの中で無臭であったのに対して、こちらは加齢臭とタバコと血液が混ざり合って蒸れ蒸れになったニオイがスクリーン越しにも伝わってきそうな勢いなのだ。こんなにイイ顔の俳優たちが揃うのならば、この国の人たちにはもっともっとジャンル映画を作ってもらいたいと心底感じるではないか。

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公開情報

© 2013 Catch BBW the Film, Limited Partnership.  All Rights Reserved.
11月22日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開
配給:ショウゲート
公式サイト:http://www.bigbadwolves.jp