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イイ顔に仕上がるまで

スコット・クーパー『ブラック・スキャンダル』

文=

updated 01.28.2016

頭ははげ上がり頬はこけ、ガタガタの前歯はうす汚い。両眼はウソのように冷たく死んでいる。外見のタイプとしては、かつて演じたハンター・S・トンプソン(98年の『ラスベガスをやっつけろ』)と同系統ではあるが、それからジョニー・デップ自身の身体にも歳月が流れ、さらに磨きがかかったのが今作のジェームズ・バルジャー役ということになるだろう。

バルジャーとは、「サウジー」とも呼ばれるサウス・ボストンを根城とする「ウィンター・ヒル・ギャング」を率いていた男で、70年代から1995年までのあいだ隆盛を極めた。勢力を拡張するきっかけとなったのは75年にFBIとの間で交わした密約で、イタリア系ギャングなどに関する情報を提供するかわりに、殺人以外の犯罪行為を黙認されるというものだった。

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これは、同郷のFBI捜査官ジョン・コノリー(ジョエル・エドガートン)によって持ちかけられた話だったが、バルジャーはもちろん殺しを含むありとあらゆる悪事に手を染めながら、まんまと勢力を拡大しまくった。そしてコノリーは、上司マグワイア(ケヴィン・ベイコン)の圧力を受けながら危ない橋を渡り続け、バルジャーが犯罪王としてボストンに君臨する81年頃までには、もはやひきかえせないところまではまりこんでいたという話である。

この映画がたくみなのは、結局のところコノリーは職務熱心が過ぎたのか、最初から名声を高め私服を肥やすことを目指していたのか、ひとつの回答として提示しないところにある。まあ実際のところ、職務への熱心さというのは組織内での地位向上を目指すことと同義語でもあるだろうし、名声はそれに伴って獲得されるものなのだから、いずれにせよ同じひとつの欲望によって衝き動かされていたということなのだろう。幼い頃から憧れていた強い存在と“対等に仕事をする”ことの、しびれるような快感もあったに違いない。少なくとも、正義のためだけに行動していたのでないことだけはわかる。

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とはいえ、同郷であることとバルジャーに憧れていたことには触れられるのにも関わらず、コノリー自身の家庭環境や、実際の幼少期の出来事は語られない。薄っぺらな精神分析を排除することによって、ある種の“弱い人間”、つまりは“普通の人間”の持つ弱さの物語として普遍化することに成功したともいえる。しかも、それによってそこはかとない同情心も感じさせられるのだから。

バルジャーの側も、保身のため「密告者」となったのか、最初からFBIを利用するつもりで話に乗ったふりをしたのか、おそらく後者の比重が大きいのだろうと示しながらも、判然とはしない。ただ、コノリーの心を虜にしてやすやすと操り続けるバルジャーの両義的なカリスマ性は、十二分にわれわれをも惹きつける。

ある瞬間には義理も人情もある男に見え、こういう相手だったら上手くつきあっていけるかもしれないとコノリー同様の気持ちにさせられたりするのだが、次の瞬間には常軌を逸した社会病質者の顔を露わにし、絶対に近づいてはならない種類の人間であることを理解させられる。独裁者の抱える絶対的な孤独と、それに端を発する異常な猜疑心によって強化された狂気のようにも見えるし、生来の障害のようにも見える。こうして、弱い人間に共感したり、強い人間に吸い寄せられたり弾かれたりと、観客はエモーションを誘導され続け、映画は高い娯楽性を最後まで保ち続ける。

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また、振り切れた描写も随所に盛り込みながら、同時にリアルな触感も失わない。それを確保するのが、一面的な人間解釈の放棄ということにもなるのだろう。バルジャーの部下たちは全員さまざまな顔を見せるし、彼自身の弟である上院議員ビリー(ベネディクト・カンバーバッチ)が兄との関係をどのように利用していたのかしていなかったのか、腐敗していたのかどうなのかといったことも含めて、すべてがわれわれの解釈に任される。ようするに、「人間というものはひとつの人格だけを抱えているわけではない」という人間観である。

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ちなみに、95年以降逃亡生活を送り、2011年に逮捕されてからのバルジャーの写真を見てみると、実にイイ顔に仕上がっている。現在86歳だというから、おそらく81くらいのときのものだろう。いわゆる、悪の限りを尽くした人間だけが持つことのある、澄んだ目をしているのだ。現役時代のカリカチュアめいた狂気の極悪人顔は、面影もない。だが、不思議とこの映画で見せたバルジャーのいくつかの側面が与える印象を完全に裏切るものではなく、そういう点から考えてもこの作品が生成してみせた手ざわりは正しかったのだろうと思った。

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公開情報

(C)2015 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC., CCP BLACK MASS FILM HOLDINGS, LLC, RATPAC ENTERTAINMENT, LLC AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
公開表記:1月30日(土)より全国ロードショー
配給: ワーナー・ブラザース映画
公式サイト: www.black-scandal.jp