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ほんとうになんでもないことだけど

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
『サンドラの週末』

文=

updated 05.20.2015

ひとりの若い母親サンドラ(マリオン・コティヤール)が、“病気”のためしばらく休んでいた工場に復職しようとしている。だがその矢先の金曜日、解雇が伝えられる。はからずも、一名の欠員が業務に支障をきたさないと証明されてしまったのである。残る社員たちには、ボーナス支給のためには彼女を解雇しなければならないという理屈が提示される。

打ちのめされたサンドラは反射的に“病い”の中へ後退しかけるが、ひとりの親しい同僚による力強い後押しによって社長への直訴を果たし、最終判断を月曜まで持ち越させることに成功する。週明け、社員による投票を行い、過半数が賛成すればサンドラは復職する。

ボーナスといっても大した金額ではない。しかしながら、同僚たちはだれもがそれぞれの事情で金を必要としている。ちょうど夫と共にふたりの子どもを育てているサンドラが、復職によって得られる収入を必要としているように。要するに工場の社員たちには、他人への善意か、己の生活を支えるためのいくばくかの臨時収入かという判断が迫られるのである。しかもその判断は、“投票”という一見公平な響きのある形式の中で表明されなければならないという、きわめて今日的なまやかしがおこなわれる。“悪”はだれかひとりによって行使されるのではなく、最小限の単位にまでこまかく分割され、全員がひきうけなければならないというわけだ。

かくて、二日間の闘いが始まる。それは、16人の同僚ひとりひとりと顔を合わせ説得工作を重ねるという活動になるが、上述のとおり、彼女の側に残された説得材料は、“善意”やら“同情”以外にない。しかも、彼女が“回復”したという“病気”が、どうやらいわゆる鬱病らしいのだ。仮に自分が彼女の同僚であったとして、そういう人間の復職を温かく迎え入れられるだろうか。ましてや彼女がいなければ臨時収入まで手に入るのだから。

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事実、夫の制止も聞かず安定剤を大量に摂取し続けるサンドラの姿を、われわれは目撃し続けることになる。なにかといえばすぐに泣き崩れ、寝室にこもろうとする。それこそ、「復職したところで使いものになるのか」といいたくならない人間がいるだろうか。「泣いちゃダメ」と自分に言い聞かせる人間ほど、面倒くさい同僚はいない。なにしろ、近年人口に膾炙した常識によれば、鬱の人間に「がんばれ」という言葉を投げかけてはいけないのだ。

いいかえると、説得工作の二日間は、サンドラにとって自らの“回復”を証明して回る作業でもある。われわれからするとどう見ても“回復”しているようには見えないのだが、夫マニュ(ファブリツィオ・ロンジォーネ)だけが最初から最後まで「がんばれ」と言い続ける。それはもう、見ているこちらがひやひやするくらいの発破をかける。そして考えてみるとたしかに、“回復”した人間によけいな遠慮はいらないはずではないか。

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マニュのような社会階層の人間が、そこまで考えていないのではという向きもあるかもしれない。しかしそうとばかりも言い切れない。移動中の車内、ラジオからペトゥラ・クラークがフランス語で唄った「La Nuit N’en Finit Plus」が流れてくると、マニュはさりげなく別の局にかえる。「眠れない夜はいつまでも明けない/なにかはわからないけど/わたしはじっと待っている/ムダに流れたからっぽな時間ばかり」というようないかにも“鬱っぽい”歌詞に、気をつかったのである。サンドラは、「気にしないで」とそれを元に戻す。「わたしはタバコに火をつける/頭は暗い考えでいっぱい/わたしには夜が長すぎる」と歌はたたみかけるが、それはむしろサンドラに寄り添い、力を与えるものとして響き始めるだろう。

説得もまた、一進一退を繰り返す。大仰にドラマティックなわけではなく、それぞれの事情を抱えた人間たちが、それぞれの反応を示すに過ぎない。悪意はほとんど存在しない。その展開には、最後についつい「うまい」と膝を叩きたくなってしまうが、だれひとりとして作劇上の必要から動いていると感じさせる登場人物はいない。

そもそも、なぜこの映画がわれわれの心を撃つのかといえば、ヒロインが所期の目的を達成するのかどうかというサスペンスを超えたところにカタルシスがやって来るからなのだ。それもまた古くからの紋切り型に見えるかもしれないし、外から見ればほんとうになんでもないことというよりなにも起きていないにひとしいのだが、本人たちにとってはとてつもない一歩となる。その事実が、映画を通してサンドラの闘いに二日間つきあった後のわれわれには、どこまでもすっきりと腑に落ちるだろう。だれの人生においても、そういう瞬間は訪れる。

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公開情報

©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma
5月23日(土)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー !