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幽霊たちにの見つめる世界

アトム・エゴヤン『デビルズ・ノット』

文=

updated 11.13.2014

アーカンソー州ウェスト・メンフィス。Wikipediaによると、人口は2010年の時点でも26,000人強の田舎町である。1993年5月5日、そこに住む三人の少年たちが森の中へと入ってゆき、翌日、手首と踵を靴紐で結ばれた全裸死体となって発見される。遺体には暴行の痕があり、一人の少年の睾丸は切り落とされていた。間もなく、16歳から18歳までの少年三人が逮捕される。オカルト/ゴス/ヘヴィメタ趣味が故に“悪魔崇拝者”とされた少年たちは、“有罪”となるべく定められているも同然だった。

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1996年に第一作が作られたドキュメンタリー『Paradise Lost』三部作は、この事件における冤罪疑惑とあり得べき真犯人の姿に迫りつつ、「メンフィス3」と呼ばれる死刑と終身刑を宣告された三人の少年たちが、2011年に釈放されるまでを記録するものだった。第三作目は未見だが、特に第一作目冒頭に使われている、警察によって撮影された遺体発見現場の生々しい映像素材は、この事件全体に凝縮されている“貧乏白人”社会の絶望的な救いようのなさや、もっと根源的な、森林そのものが持つ禍々しさの印象とも重なり合い、拭いがたくイヤな記憶として脳裏に刻みつけられている。

アトム・エゴヤンによるこの劇映画もまた、実際に起こったこの事件の物語をわれわれに語る。だがそれは、一筋に真実の解明に向かうという道程ではない。そこにある視点は、“告発”にも“解明”にも奉仕していないのだ。だから、ジャンルとしての“社会派”には収まらない。なにしろ、真実ではないと思われるものの姿だけが次々と現れ、事件の核心はますますその向こう側に輪郭を失ってゆくのだから。いや、真実は“藪の中”にあるということではない。むしろこの映画は、事件における“真犯人”は誰なのかという個別の問題よりも、“真実”という概念そのものを、われわれの目の前でおぼろげなものにする。

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たしかに、探偵のロン・ラックス(コリン・ファース)や被害者の一人の母親パム・ホッブス(リース・ウィザースプーン)といった、真実に迫ろうと格闘する者たちはいる。だが、一般的なジャンル映画としての「サスペンスもの」の主人公=探索者がそうであるように、彼らがこの映画の物語全体を牽引しているというわけでは決してない。警察の不正やら不実やら集団的激情といったものがいわゆる“冤罪”を招き寄せてはいるのだが、だからといって、それらへの怒りだけが、われわれの視線をこの映画に惹きつけているわけではない。事件直後から“真実”を求めてカメラを回し続けたドキュメンタリー作品とは異なり、20年近くの歳月を経て作られた(実際に劇映画の企画として着想されてから久しいとしても)ものとして独自の視点を獲得した、という程度のことではなく、そのスタンスの違いはもっと本質的なものである。

冒頭、事件を回想するモノローグが流れる。「ぼくだけが真実を知っている」という意味の言葉は、あたかも命を奪われた少年たちの霊魂がわれわれに直接語りかけているように聞こえるだろう。後に声の主が登場することで、その印象は否定されることになる。しかもそのさらに後に至ると、証言の内容そのものに疑問が投げかけられる。だがそんなこととはほとんど無関係に、森の中に歩み進んでゆく少年たちの姿を見つめながらその声を聞いてしまったわれわれの中では、ここで起きているすべてのことを幽霊たちが眺めているという感覚が最後まで消えない。

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殺された主体として、自分たちだけは“真実”を知っていると思い込んでいるが、実のところその記憶は彼らの中にもなく、もはやこの世にもあの世にも誰一人“真実”を知る者はいない、あるいは、少年たちを呑み込んだのは森そのものであったのだ、というような……。そんなはずはないが、それでももしかして実際にそうなのではないのではないだろうかという、道理に合わない直感のようなものを植え付けられて、われわれはこの映画を見つめ続けることになる。やがて、スクリーンに現れる一人一人の人間たちが、まるで少年たちの殺された“ロビン・フッドの森”に立つ樹木の一本一本であるかのように見えはじめる。その時映画は、われわれの棲まう“森”そのものとなるだろうスクリーンの前にいるわれわれもまた、例外ではないのだ。

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公開情報

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11/14(金)、TOHOシネマズ シャンテ、 新宿シネマカリテほかにて全国ロードショー!
配給:キノフィルムズ
レーティング:PG12