« DIPLOMATIE » Un film de Volker SCHLOÌ?DORFF

剥き出しの「外交」

フォルカー・シュレンドルフ『パリよ、永遠に』

文=

updated 03.04.2015

曲がりくねった狭い路地には、水気で膨れ上がった書籍のように湾曲した壁面が迫る。あらゆる町角に歴史の影が刻み込まれていて、そこに立ち上る犬の糞や人間の小便の臭気は自動車の排ガスと混ざり合い、街そのものの朽ちゆく香りとして歩行者の鼻腔をみたすだろう。かくてパリの街は、視覚への刺激だけではなく肉体的な官能性すらを身にまとい、ひとを捉える。

ヒトラーはこの街を「あの娼婦」と呼んだらしいが、たしかに、「年増」というよりすでに死期を悟りながらもなお過去の華々しい匂いを衰えた身体にまとわりつかせた「老娼婦」のイメージだろうか。だからもしパリが、一度すべて破壊された後に再建されていたとしたら、その腐敗と発酵の磁力は遥かに弱いものだったに違いない。空襲によって破壊されたドイツの各都市が持つ、絶望的な醜さと虚ろさを思い出してみるまでもない。

しかしながらやはり、己の歴史と魅力に安住するものの持つふてぶてしさもあって、ある年齢(つまりたとえば20代)で、一定の精神状態にある(充たされない渇望を抱えた)人間にとってみると、これほどに息苦しく自堕落な街もない。どこを歩いてもなにを見ても過去に成し遂げられたものの記憶と証拠にあふれ、その事実に淫するばかりのこんな街などいっそ更地に戻っていればラクだったのにと感じさせることも確かだろう。個人的にそういう時期を過ごしたことはあるし、京都に対しても同じことを感じたものだ。今でも、そういう感覚のすべてが消えたわけではない。まあ、ヒトラーによるパリ破壊命令はむしろ、自分のものにならない「女」ならば殺してしまおうという卑しい衝動だったのだったのだろうが、だとしても、わからないでもない。

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そういうわけで、パリが更地に戻るぎりぎりのところにまで近づいたのが、周知のとおり第二次大戦末のことであった。ノンフィクション作品『パリは燃えているか?』(ドミニク・ラピエール+ラリー・コリンズ)がその経緯に詳しいが、今作『パリよ、永遠に』は、サスペンスに充ちたそのドラマを、二人の男たちによる一晩の丁々発止に集約して見せる。すなわち、破壊命令を遂行する立場にあったドイツ軍パリ防衛司令官ディートリッヒ・フォン・コルティッツ将軍と、中立国だったスウェーデンの総領事ラウル・ノルドリンクの二人である。

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コルティッツ将軍(ニエル・アレストリュップ)は持病の喘息を抱え、ドイツ軍の敗北を自覚しているが、同時に軍人としての矜持や家族を事実上人質に取られていることもあり、ヒトラーの破壊命令に逆らい全面降伏するという決断を下せず、爆弾設置作業を進行させている。戦況は日に日に悪化し、連合軍は街のすぐ外にまで迫っている。

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そこへコルティッツ自身の超自我のように登場するのが、ノルドリンク総領事(アンドレ・デュソリエ)である。彼は手を変え品を変え、コルティッツの心に揺さぶりをかけ続ける。パリを破壊することの「悪」を我と我が身のみならず全ドイツ人に負わせることができるのか? と迫る一方で、コルティッツの全身にのしかかる重圧を思いやってみせるという甘言も用いられるだろう。

とにかくノルドリンクは、破壊を回避するためにはありとあらゆる手段を講じる構えでいる。コルティッツの側もパリを破壊したいわけではない。ただ、破壊命令に背くためには心理的・物理的な「取り引き」を必要としている。そのために二人の間でおこなわれるのが、剥き出しの「外交」(=この映画の原題『Diplomatie』)なのだ。

もちろん、われわれはパリの街が守られたことを知っている。「パリ解放」にいたるまでの数日間に残された弾痕を、いまだに町角で見かけることができることも知っている。パリ警視庁の資料館に行けば、レジスタンスのメンバーを縛り付け銃殺するために使われたという木柱に触れることすらできる。

同時に、われわれにとって状況に棹差すということがいかに難しいことなのか。また、もしかしたら決定的な誤りかも知れない大義のために、まだギリギリ保持している「誇り」といったようなものを捨て去るのがいかに困難なのか。そしてそういう状況の外にいさえすれば、選択すべき「正しい行動」がどれなのかということについて判断を下すのがどれほど簡単なのか。といったことについても知っている。

だから、この二人の男たちの駆け引きは、ほぼひとりの人間の内部で繰り広げられ得る葛藤として、われわれの身にヒリヒリと迫るのである。

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公開情報

© 2014 Film Oblige – Gaumont – Blueprint Film – Arte France Cinema
3月7日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開!!
提供:日活 配給:東京テアトル