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“あの頃”の全能感と

スチュアート・マードック
『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』

文=

updated 07.31.2015

ひとりの少女、イヴ(エミリー・ブラウニング)が精神病院に入院している。いつの時代かはっきりはしないが、彼女は拒食症を患っているようなので、おそらくは現代なのだろう。自らの身体を否定することで世界を拒絶し死を見つめている彼女は、ピアノに向かい曲を作ることによって、かろうじてこの世に結びつけられているように見える。

ある日、イヴは病院を抜け出してライブハウスを訪れ、ジェームズ(オリー・アレクサンデル)と出会う。ジェームズもまたアコースティック・ギターを抱えて音楽を奏でる青年だが、まだ理解者を見つけられていないようだった。

イヴとジェームズ、そこへジェームズがギターを教えているというキャシー(ハンナ・マリー)が加わり、三人は音楽と毎日についてとりとめのないおしゃべりを際限なく続けながら、やがてバンドを結成する。

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いわゆる、メンヘラ少女とナイーヴ青年が音楽を通して出会うというお話である。ナイーヴ青年を自認する者が、「自分だけを理解してくれる孤独な影を背負った少女と出会えたらいいなあ」とひとり妄想する典型のひとつだろう。青年/少年マンガの定型でもある。

しかしこの映画では、そこに能天気少女がひとり加わる。世界と馴染めないことがアイデンティティである主人公たちならバカにしてしまいそうなキャラクターである。だが、いわばマニアックな隘路にはまり込もうとする二人をこの世に引き留めるよい意味での“普通”という名を体現する存在として、この映画では、いやむしろたぶん彼らのバンドでは、機能する。

また、物語は青年の側からではなく少女の側から語られるし、曲作りのディテイルが必要以上に拡大されることもない。青臭い音楽論が口にされはするが、適度にニヤリとさせられることはあっても、登場人物の口を借りた作り手のおしゃべりを聞かされ続けるうっとうしさはない。

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このような点においてまずは、ミュージシャンとしてのキャリアをすでに確立した男、スチュアート・マードック(ベル・アンド・セバスチャン)の“手慰み映画”という範疇は超えている。好みの女の子たちに好みの服を着せて、自分の曲を歌わせた、というだけの映画ではない。狭く息苦しい自我の小部屋に通されたかと思いきや、そこには開放された窓がいくつもしつらえられてたという印象なのだ。

そもそもは、2003年に着想されたひとつの曲が出発点にあるのだという。そこから三人のキャラクターが膨らみ、ガールズ・グループの歌うミュージカル映画という形式が姿を現し、2006年には脚本執筆がはじまった。そこからさらに数年が過ぎ、プロデューサーとしてバリー・メンデルがプロジェクトに加わる。2009年、スチュアートは映画に先んじて“サウンド・トラック”を作り上げる。同時に、徹底的な解体と再構成の作業を経て、ようやく脚本ができあがり、2010年からはキャスティングがはじまった。資金集めの困難を乗り越え、2012年の夏にクランクイン。要するに、10年以上の歳月を費やして磨き上げられた作品ということなのだ。

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『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01)や『ライフ・アクアティック』(05)といったウェス・アンダーソン作品、あるいはドリュー・バリモアが監督した『ローラーガールズ・ダイアリー』(09)、しかもシャマランやスピルバーグの映画まで、つまりは、いわゆる小さい映画から大きい映画まで、ただしある程度以上の娯楽性を確保したものばかりを手がけてきたバリー・メンデルであるから、おそらくは最良の形でクリエイターとプロデューサーとの関係を機能させ得たのではないだろうか。もちろん、その間にマードックは生業である音楽活動を続けていたわけで、そのおかげで素人の陥りやすい視野狭窄を回避できたということもあったかもしれない。

いずれにせよ、雰囲気もののように見えて意外ときちんとした骨があって身につまされるところが多い。とはいっても、ひねくれたリアリズムが追求されることはなく、あくまでふわふわと空中を漂いながらだれもが過ごしてきたはずの“あの頃”の全能感や多幸感も素直に蘇らせてくれる。“あの頃”のことだから、もちろん全体としてはある種の喪失感に包み込まれている。個人的には、クライマックスで歌われる曲のラスト近く、メロディーが上のパートに移行した瞬間、まんまと目頭がアツくなった。

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公開情報

© FINDLAY PRODUCTIONS LIMITED 2012
2015年8月1日より、新宿シネマカリテ ほか全国順次ロードショー
配給: アット エンタテインメント
日本版HP: http://godhelpthegirl.club/