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忙しい人たち

ジョシュア&ベニー・サフディ
『神様なんかくそくらえ』

文=

updated 12.25.2015

数年前、日曜日の昼下がりにフランクフルト中央駅の周辺を散歩していたら、どういうわけかホームレス風の若者たちであふれている路地に行き当たった。ふつうこれだけの数の人間がなにするでもなくたむろしている場所にはできるかぎり足を踏み入れないようにするものだが、そこにかぎっては不思議と危険な空気を感じなかった。ひとりの男の周囲に何人もが群がってさかんに話し込んでいたり、二〜三人のグループで道ばたに座り込んだりしている。陽気な声も上がらず、というよりもほとんど声そのものが聞こえない。通りすがりに足下の集団を見やると、ひとりが腕に刺した注射器を真剣な面もちで引き抜くところだった。針の先端から血液がこぼれ落ちて、路上に小さな円を三つかたちづくるのが見えた。なるほど、みんなそれで忙しかったのかと腑に落ちた。

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この映画に登場するのも、そういう忙しい人たちばかりである。ひっきりなしにしゃべりまくっていたかと思うと、次の一発を求めて猛然と立ち去ったり、通行人に小銭をせびったり、ふとしたことでつかみ合いやらわめきあいになったりする。滑舌のいい人間はひとりもいない。お互いの話を聞いたり聞かなかったり。それが音合わせをする楽団のように聞こえる瞬間もあって、可笑しい。

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ハーリーと呼ばれる若い女性が主人公で、それほど薄汚くも見えないが、まあ匂いはキツイのだろうと想像しながら眺める。そもそもは、マンハッタンの47丁目あたりの路上で、美しいホームレス女性に監督たちが話しかけたところから企画がはじまったのだという。その女性というのがハーリーを演じるアリエル・ホームズで、この映画の物語は、彼女の書いた“自伝”に基づいている。

眉唾な“創作の秘密”エピソードのようにも感じられるが、それでも、映画に登場する“ストリート・キッズ”たちの空気感がどこまでも生々しいことだけは確かであり、そうである以上「本物かどうか」などどうでもよい。だいたい、“本物”でありさえすれば映画の中でも本物に見えるとは限らないのだ。

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たとえば冒頭、自殺未遂を犯して見せたハーリーがたたきこまれる精神病院における一連のショットは、『ポンヌフの恋人』(91)で本物の浮浪者たちの間に紛れ込んだドニ・ラヴァンを捉えたシークエンスの粗い手触りを思い出させる。だが実際には、ここでは真逆といってよい撮影手法が採られている。

“生々しさ”を演出する最も一般的なスタイルは「手持ちカメラ」なわけだが、この映画のほとんどのショットで三脚が用いられているのだ。普通では考えられないほど離れたところにカメラを設置し、そこから望遠レンズによって俳優たちを捉える。しかも極端なクロースアップを多く用いることで、彼ら自身の狭い視野やせわしない時間感覚といったものを生成したのだという。いわば、近さと遠さ、狭さと広さが逆説的に混淆されることによって、われわれもまた登場人物たちとともに混乱と酩酊の時空を共有することになるのである。

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もちろん、たいした物語があるわけではない。破滅的でもあり、暴力的でもあるホームレス仲間のイリヤ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)にどうしようもなく惹かれているハーリーが、精神的にも身体的にも振幅の大きい彷徨を続けるというお話である。とはいえ、前述のとおり忙しい人のことだから彼女がどちらに向かっているのかなかなか読めないし、投入されているディテイルのひとつひとつもまた興味深く、われわれの緊張感が途切れることはない。

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たとえば、図書館やファーストフード店を活用する彼らの日常生活の組み立てられ方。また、ドラッグ中毒のストリート・キッズたちに廉価で住居の一室を提供する人間の存在など。この映画に登場する女性は、あきらかにかつてヒッピーだった世代で、極端な騒ぎさえ起こさなければ我が家でのドラッグ使用も気にしない。そういう意味ではヒロインたちの味方なわけだが、一方で彼女たちの側はきわめて冷淡というより、利用できるモノのひとつとして接しているようで、まったく心を開いていない。そんなことがいちいちさもありなんと感じさせ、つまりはこの映画の“リアルさ”を強化してゆくのである。そしてリアルであればあるほど、登場人物たちの行方は見えなくなり、ますますわれわれはスクリーンに釘づけられる。

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ちなみに、ドラッグ・ディーラーのマイクを演じるバディ・デュレスはこの映画の中で最も強い魅力を放っているが、実際に役柄そのままの生活を続けていた“素人”で、撮影後には薬物がらみで逮捕までされていたのだという。出所後は演技の勉強をしているらしいが、ほかの(自分自身以外の)役が演じられなくてもいいから、彼の姿は別の映画でも見たいと思った。

公開情報

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12/26、新宿シネマカリテほかにて全国順次公開!
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