INSIDE OUT

“ヨロコビ”と“カナシミ”のバランス

ピート・ドクター『インサイド・ヘッド』

文=

updated 07.17.2015

11才の少女ライリーの頭の中にいる“ヨロコビ”、“カナシミ”、“イカリ”、“ムカムカ”、“ビビリ”といった感情たちが主人公と聞いただけで、いかにもアメリカらしい通俗化された心理学ものであることはただちに理解されるだろう。アメリカらしいというのは要するに今の日本らしいということでもあって、ちまたには自分の中にあるそういった感情のうち“ネガティヴ”なものをいかにしてコントロールし、日常の積み重ねとしての人生を“良い方向”へと導くのかという書籍があふれている。

たしかに、このライリーの頭の中でも“ヨロコビ”がリーダーとなって、その他の感情たちを指揮しながら、いかにしてライリーに楽しい毎日を送らせながら人格形成させていくのかという任務に専心している。ついつい“イカリ”が操縦桿を握ってしまったり、“ムカムカ”が前面に出たりすることもあるが、おおむねライリーの記憶は“ヨロコビ”色になるよう調整されているのだ。

色と書いたが、この映画における記憶は、ボーリング・ボールほどの大きさのガラスっぽい材質でできた球というかたちで表現されている。記憶にまつわる感情によって色がかわり、人格形成に寄与する重要なものとそれ以外に区別されて貯蔵されていく。

INSIDE OUT â€? Pictured: Riley. ©2015 Disney•Pixar. All Rights Reserved.

さて、ライリーは幼児から少女へと移行する時期にいるが、折しも父親の仕事のために、ミネソタの田舎町からサンフランシスコへと引っ越しすることになる。生活環境が一変するのみならず、難しい局面を迎えている事業に手一杯な父親と、引っ越しにまつわる細かなストレスを抱えた母親の姿を見て、ライリーの心も不安定になる。

もちろん不安定というのは、ライリーを外面から見ている人々、たとえば両親の持つ判断であり、内側では感情たちのドタバタが展開されている。“ヨロコビ”がすこし目を離した隙に“カナシミ”が操縦桿をいじってしまったり、記憶の玉に触れて“カナシミ”色に変化させてしまったりするのだ。そうこうしているうちに、“ヨロコビ”と“カナシミ”ははずみで司令塔から吸い出されてしまうことになる。そうなると残されたのは“イカリ”、“ムカムカ”、“ビビリ”の三感情のみであり、そのためにライリーは“不安定”に見えてしまうのだ。

Joy (voice of Amy Poehler) and Sadness (voice of Phyllis Smith) must venture through Long Term Memory to find their way back to Headquarters in DisneyœPixarfs gInside Outh  in theaters June 19, 2015. ý2015 DisneyœPixar. All Rights Reserved.

そういうわけで、カギを握るのは“ヨロコビ”と“カナシミ”の関係であることが、彼らの展開する冒険によって視覚的な物語としてただちに理解される。だからといって、「どうせ“ヨロコビ”が“カナシミ”を説得するかなんかして“ポシティヴ”な気持ちを植え込んでハッピー・エンドなんでしょ?」と即断するのは早い。だいたい、いかに通俗化された心理学でもそこまで単純ではない。

そのことは、途中で何回か登場する両親の頭の中を見ても明らかである。母親の頭の中でリーダーとなっているのは“カナシミ”のようだし、父親の頭のリーダーは“イカリ”のように見える。それでも問題のない人格形成がなされているし、どれかの感情だけが突出しているわけではない。

INSIDE OUT â€? Pictured (L-R: Riley's Dad, Riley Andersen, Riley's Mom. ©2015 Disney•Pixar. All Rights Reserved.

とはいえ、この映画の“大団円”が持つバランス感覚の良さは、優等生的に過ぎるようにも感じられるだろうし、辻褄のあわないところもあるように思われるだろう。しかも根本的な問題として、感情が人間を“操縦”しているという大前提に違和感を感じる向きがあってもおかしくはない。だが、11才から12才にかけての子どもの頭の中を、視覚的な冒険として楽しく表現しながら一定水準以上の人間の真実を衝いていると感じさせるには、この映画の採った選択肢が誤りであったとは誰にもいえないだろう。『トイ・ストーリー3』の見せてくれた、胸の引き裂かれそうな気持ちと一体化したハッピー・エンディングの繊細さには遥かに及ばないとしても。

ところでライリーの内面をつかさどる司令塔と、そこを経由して人格を形成している様々な“島”、たとえば家族愛、友情、アイスホッケーなどなど、そして司令塔からそこに向けて記憶の玉が送り出される管のシステムや、記憶が貯蔵されている倉庫の棚といったものの造形は、ちょっとなつかしいSF風味を効かせながら、幼年期の子どもたちの視覚も刺激するにちがいないほんのりパステル化されたサイケデリック調とでもいいたくなる色彩がまぶされていて、感心させられる。

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公開情報

© 2015 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
7/18(土)全国ロードショー
公式サイトへ: Disney.jp/HEAD/