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すっきりウェルメイド

クリスチャン・ディッター『あと1センチの恋』

文=

updated 12.13.2014

たとえば、テイト・テイラーの『ヘルプ〜心がつなぐストーリー〜』(11)が、あれほどウェルメイドだとは誰が予想できただろうか。そもそもテイト・テイラーの名前も知らなかったし、あの素晴らしい作品を見た後でも、今ここに書き付けるためには検索に頼らなければならなかった。だがおそらく、「ウェルメイド」という言葉を、純粋に「良くできた映画」の意味で使うのなら、そういうことでいいのだろう。なんの予備知識もなく接してみたら、予想を遥かに超えて面白かった。それだけで十分なのだ。というより、それ以上に幸福な出会いはあるだろうか。

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この作品、『あと1センチの恋』を見たときには、ちょっとそんなことを思い出した。タイトルに惹かれたわけでもなければ、出演者目当てだったわけでもない。数行のあらすじに目を通すと、企画書の主旨欄が目に浮かぶくらい。そういうわけで、特別な予感があったわけではない。ロマンティック・コメディはキライなジャンルではないので、これが面白ければいいなあという願望だけが先にあって、スクリーンに向かった次第。

物語は、邦題によってあらかじめ十二分に縮約されている。幼なじみの女子(リリー・コリンズ)と男子(サム・クラフリン)が、互いに惹かれ合いながらも、恋人同士になるタイミングを毎回逃し続け、すれちがいに次ぐすれちがいを12年間も続ける。それはもう『ドクトル・ジバゴ』(65)と見紛わんばかりなのだが、もちろん革命も戦争も起こらない現代のお話だから、すっきりとハッピー・エンディングを迎える。そうでなければ目もあてられない。

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というか、とにかく重要なのはその過程に退屈しなかったということなのだ。どこといって見る者の心を打ちのめすところがあるわけではない。特別なひねりもないし、ひりひりするリアルさも追求されていない。だが、ヘタをすればというかほとんどの場合、こういう「すれちがい」ものは映画の大部分が再会なり永遠の離別へ向けての段取りに見えてしまうわけだが、この映画はそうはなっていなかったのだ。原作を読んでいないのでわからないが、映画に登場する要素がすべて原作に登場していたとしても、当然のことながら、こういうタイミングと順番と強弱でそれらを出し入れするということが重要なのであって、作品の価値はそこで決まる。幾度となくいろんなところで見てきた物語が展開されるのだから、あとはひとえに見せ方の問題ということだ。

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そういうわけで、ちょっと眉が太すぎるのではないかといつも思わせるリリー・コリンズが、最高にかわいく見える瞬間も幾度か訪れる。洗練されすぎない繊細さを持つサム・クラフリンも魅力的である。すれちがいながらいろんな女に「コミット」しまくる役なので、彼でなかったら腹立たしいだけだったかもしれない。

見終えてから監督の名前を確認してみると、舞台となったアイルランド出身どころかイギリス人ですらなかった。母国でヒット作を作ってきたドイツ人。たぶん間もなく彼の名前は忘れるだろうが、この映画がウェルメイドだったことだけは記憶に残るだろう。

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公開情報

新宿武蔵野館他にて公開中
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