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等しく薄明の中を生きている

ロウ・イエ『二重生活』

文=

updated 01.20.2015

現代中国に生きる若い核家族が登場する。新興富裕層に属するであろう彼らの生活には、いかなる不安の影も見えない。工場の社長である夫ヨンチャオ(チン・ハオ)と、元々はその共同経営者だが今は子育てのため専業主婦となっている妻ルー・ジエ(ハオ・レイ)。彼らの一人娘が通う幼稚園は、同じ社会階層の子どもを集めているようで、妻には新しいママ友、サン・チー(チー・シー)ができる。どこもかしこも清潔で光に満ちているが、ウソくさい。

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それは、われわれがすでに開巻早々、常軌を逸した大雨の中ひとりの女が車にはね飛ばされ、しかも運転していた若者が「当たり屋め」と罵りながら瀕死の彼女を蹴り上げるというシーンを目にしているからなのである。案の定ほどなくして妻は、夫が見知らぬ女と共にホテルの中へ消える姿を目にし、彼女の世界は瓦解を始めることになる。

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だが、冒頭の女と主たる物語の道筋とがどこでどのように交わるのか、すぐにはわからない。だから、そこから先の展開を詳述するのはやめておこう。ネタバレを恐れるべき種類の映画ではないが、時間軸を編み上げる巧みな構成の効果を最大限味わうためには、何も知らないのがいちばん良いことに変わりはない。

いくつか言えるのは、「あの出来事とこの出来事はこういうふうにつながっていたのか」という具合に、発見の驚きと脳内で物語を構成する悦びがあるということ。それから、ほとんどジャ・ジャンクー映画を思い出させるほどに、わかりやすく現代中国社会の縮図が物語の中に織り込まれていることだろうか。貧困層の女、援助交際的な売春、超富裕層の堕落、警察の怠慢といった要素と共に映画は展開していく。そこには取るに足らない死があり、偽善に満ちた幸福がある。

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とはいえ、この映画のラストまで付き合ったときに残るのは、欺瞞を告発する印象ではない。社会派の手ざわりですらないだろう。すべては、ましなときでスモッグ、最悪な場合は篠突く雨の中で輪郭を失い、ぼやけている。画面内にまぶしく射し込む光も、実は例外ではない。そもそもカメラは、登場人物の間近で彼らの動揺そのままに揺れ動き、狭い視界しか提示しない。俯瞰的な視点を持つ者などだれひとりいないのだ。

二重生活を送る者も、他人の偽りの幸福のために命を落とす者も、結局罪を問われない者も、正義を追求する者も、それをあきらめる者も、だれもが等しく薄明の中で生きている。すでに死んだ者だけが鮮明に結像し、その薄明を後にすることができるのだ。

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公開情報

2015年1月24(土)より、新宿K’s cinema、渋谷アップリンクほか全国順次公開
公式サイト: http://www.uplink.co.jp/nijyuu/