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どうすればよかったのか?

クリント・イーストウッド『ハドソン川の奇跡』

文=

updated 09.22.2016

マンハッタン島の北東に位置するラガーディア空港を飛び立ったエアバスが、離陸直後ガンの群に遭遇し両エンジンの推力を失う。管制塔からは進行方向の先にある別の空港への着陸を提案されるものの、成功の確率は低いと判断した機長はマンハッタン島の西側を流れるハドソン川に機体を着水させる。これが、2009年1月に発生した「USエアウェイズ1549便不時着水事故」である。

沿岸警備隊のほか、観光船のほか水上バスや水上タクシーなどが現場に駆けつけ救助にあたり、乗客乗員155人の全員が無事に事故を生き延びた。そのため「ハドソン川の奇跡」とも呼ばれる。この映画の邦題である。

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ひとりの英雄によって大勢の人命が救われるという、いかにもアメリカ映画向きの題材だが、なにしろ飛行機が飛び立って間もなく事故が発生、そこから着水まで208秒しかない。しかも事故の経緯はあらかじめ観客に知られてしまっている。この物語をどのように語れば、長篇映画向けの脚本に仕上げられるのか。

155人の乗客乗員ひとりひとりの人生を瞥見してゆき、事故をクライマックスを設定するというのが、もっとも安易な方法だろう。だが「155人の命を救い、容疑者になった男」という惹句が示す通り、この映画が物語を見いだしたのは、事故そのものの経緯ではなく事故の後“英雄”がくぐり抜けなければならなかった苦難の方であった。だから原題には機長の愛称、「Sully」が選ばれている。

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ただし、チェスリー・サレンバーガー機長(トム・ハンクス)とジェフ・スカイルズ副機長(アーロン・エッカート)は、決して刑事事件の“容疑者”扱いをされたわけではない。航空機事故をあらゆる角度と可能性から検証する任務を与えられている、国家運輸安全委員会(NTSB)によるいっさいの予断を排除した厳しい調査にさらされたというに過ぎない。とはいえNTSBの取りそろえた仮説の中には、機長の判断が正しければ着水事故そのものを防げたのではないかというものがあり、その点が容赦なく追求される。その意味では、「乗客たちを無意味な危険に晒した」という“疑い”をかけられたことにはなる。

そういうわけで、物語の焦点は「着水が最善の手段だったのか?」という疑問に絞られる。サレンバーガー自身は、2万時間の飛行経験を持つ熟練パイロットとしておのれの判断の正しさを信じているが、それを客観的な事実に基づいて証明する困難さに直面する。同時に、現実のものとはならなかった最悪のシナリオがいくつも頭の中で展開されるという、事故後のストレス症状にも苛まれている。もちろん最終的には、ある要素を考慮することで機長らの判断の正しさが証明されることになる。

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とにかく、すでに到来しているはずの大団円(“奇跡の着水”)を宙吊りにしたまま、誰もが知るはずの事故を機長本人でなければ知り得ない視点から経験し直させ、着水よりもはるかに規模の小さい解決によって映画全体を気持ち良くスッキリ締めくくるという見事な脚本である。おそらく真っ当な手腕を持った監督であれば、誰が撮っても質の高い映画に仕上がったことだろう。

だがそれがイーストウッドであったがゆえにトム・ハンクスが主演することになったわけだし、そもそもこのレベルの脚本はイーストウッドの手元にしか届かないということでもあるに違いない。そう考えると、やはり映画の監督というのは、なによりもまず場を設ける存在なのだということがわかる作品でもあるのだった。

なお、機長の判断と技術によって事故の犠牲者を奇跡的な数に抑えたというエピソードを耳にすると、どうしてもロバート・ゼメキス『フライト』(12)を思い出さざるを得ないだろうが、直接的な関係はない。出発点は近くても、真逆のお話である。

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