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青春映画の骨格

ウィリアム・ユーバンク
『シグナル』

文=

updated 05.12.2015

三人の若者が、アメリカ南西部の砂漠を車で移動している。ニック(ブレントン・スウェイツ)とヘイリー(オリヴィア・クック)はつきあっていて、ジョナ(ボー・ナップ)はニックの親友のようだ。一年という期間限定で西部に移住するヘイリーを送り届ける旅なのだが、西へ進めば進むほどに別れの儀式という感覚が強まってきていることが、三人の間の空気に感じられる。

たしかに一年という時間は、この年齢の人間にとっては永遠にも感じられるだろう。その間にはありとあらゆることが起こり得る。事実ニックは、どういう病を得たのか下半身の動きがままならず、今では杖をつかわなければ生活できないのだが、ほんの少し前までは優秀なスポーツ選手だったようではないか。その酷薄な成り行きに、いらだちを抑えきれなくなる瞬間が彼を訪れもする。ヘイリーはそんな彼の心に寄り添おうとするが、ニックは彼女を拒絶しつつある。

と、ここまでは典型的な青春ものとしてのロード・ムーヴィーが、美しく繊細な映像と共に語られる。黄昏の砂漠を縦断する平面移動の終点が、青春の終わりという時間軸の転換点に重なるというおなじみの構造。クオリティの高い低予算映画の出だしとしては、アリだろう。目新しさを追求することだけが創作の目的ではない。このまま誠実な展開を見せてくれても十分に楽しめそうだという予感がある。

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だが、同時に進行する物語の線がもう一本ある。それが、“ノーマッド(NOMAD)”を名乗る謎のハッカーの存在で、マサチューセッツ工科大学の学生であるニックとジョナは、学内のセキュリティをも難なく突破する“ノーマッド”との対決に心を奪われてきた。しかも今、旅の途上にある彼らの位置を特定しているらしき“ノーマッド”は、またしても彼らを嘲弄し、挑発を続ける。ふたりはヘイリーの反対を押しのけ、その挑戦を受けて立つ。とうとうIPアドレスから“ノーマッド”の居場所を特定することに成功するのである。それは、彼らの現在位置からもさほど遠くない。数時間の寄り道で到達できるところにあった。だが、夜間に辿り着いたそこに人気はなく、ただ廃屋だけがぽつんと禍々しく建っている。

そう、このあたりで突如、映画はホラー/スリラーの様相を呈する。しかもなかなかに、ジャンル的な興奮を盛り上げるツボをおさえているではないか。忌まわしさに充ちた“ノーマッド”の拠点にはなにがあるのか。三人の身になにが起こるのか。という興味に答えるかたちで、物語の第三層が姿を現す。それが、“異星人とのファースト・コンタクト”ものとしてのSFである。

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それは、あくまで一定水準以上のリアリズムを保ちながら展開される。いきなり爬虫類めいた異星人が登場するわけではない。ただ、気づくと主人公たちの身にはすでになにかが起こっていて、研究施設のような場所に監禁されている。彼らを観察する者として、ウォーレス・デイモン博士(ローレンス・フィッシュバーン)登場する。

ここから先、さらに二層ほど物語の基盤が塗り替えられることになるだろう。もちろん、そのこと自体が“驚くほど斬新”ということではない。繰り返しになるが、斬新さは追求されていないし、その必要もない。むしろ、冒頭部で提示された、青春映画の主人公としての若者たちの現状と心情の上に引かれた補助線自体がないがしろにされることはないのだ。あくまでその延長線上で物語は展開される。それと共に、舞台の基盤そのものが大きく転回してゆき、結果としてそのたびにジャンルが変わり続けるということに過ぎない。

その意味では、総体として青春映画であることにブレがないともいえるだろう。いいかえるなら、青春映画という骨格が手放されないが故にこの作品は、これ見よがしにどんでん返しのためのどんでん返しを繰り返すだけの退屈な映画にならなかったのだ。

監督ユーバンクに関してはなにも知らずに作品を見たが、撮影監督でもあるのだそうだ。技術面での知識もまた存分作品に活かされているのだろう。視覚表現においても、予算枠に起因する“窮屈さ”を感じさせない次元に達している。この作品を称揚する声の中には、デイヴィッド・リンチやらスタンリー・キューブリックといった名前が飽きもせず召喚されているようだが、その当否はともかくとして、掘り出し物の珠玉であることはまちがいない。

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公開情報

(C)2014 Signal Film Group LLC All Rights Reserved
5/15(金)、TOHOシネマズ新宿ほか公開
公式サイト:signal-movie.jp/