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はじまりと結末の物語

ホセイン・アミニ『ギリシャに消えた嘘』

文=

updated 04.09.2015

60年代のアテネ。アメリカ人青年ライデル(オスカー・アイザック)は、ツアーガイドで糊口をしのいでいる。厳格で優秀な父親から逃れるようにして国外脱出したもののその間に父は亡くなり、帰国のタイミングもアテネで生活し続ける目的も見失ったまま、若い女性のツアー客にたかったり小金をちょろまかしたりと、停滞した時間を生きている。

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ある日ライデルは、裕福そうなアメリカ人夫妻チェスターとコレット(ヴィゴ・モーテンセンとキルスティン・ダンスト)に出会う。ライデルは、チェスターの立派な押し出しに父親の姿を重ね合わせ、同時にコレットの美しさに魅了される。ガイドの仕事を持ちかけられ、例によってせせこましいちょろまかしをしながら行動をともにする。

だが実のところチェスターこそが本物の詐欺師で、二人は大金を抱えた逃亡生活の途上にあった。追っ手が姿を現し、チェスターははずみでその探偵を殺してしまう。言葉巧みにライデルを巻き込み、偽造パスポートの作成を発注する。ライデルは怪しみながらも、当初はまさか殺人の共犯に仕立て上げられているとは知らずチェスターに手を貸す。ライデルにとっては金になる案件でもあるし、結果的にコレットも救われることになるのだからというわけだ。パスポートの受け渡し場所がクレタ島に設定され、三人での移動が始まる。

ライデルにとって“父”であったチェスターはケチな“詐欺師”へと成り下がってゆく。それは、小悪党きどりで澱んだ時間を過ごしてきた自分自身の末路を示す嫌悪すべき存在でもあるだろう。そしてその過程で、自ら望むことなくとはいえ、ケチな盗人でしかなかったライデルは本物の犯罪者として警察に追われる身となる。

チェスター自身にしても、手の内が丸見えで、妻への憧憬を隠しきれない“ひよっこ”であったライデルによって己の命運が握られていることが面白くなくなってゆく。余裕たっぷりに“ひよっこ”を眺めていた彼の中に、焦燥とある種の憎しみが生成されるのである。それはもちろん、“ひよっこ”の中で育っていることをひしひしとかんじさせられる侮蔑によって、さらに燃え上がってゆくだろう。

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そうなると、コレットの内面への疑いも発生する。二人の男たちを天秤にかけ、どちらに付けば自分は救われるのかと計算しているのではないか。ライデルとの距離はたしかに縮んでいるように見えるし、実際ライデルはコレットだけでも救いたいと願っている。こうなると、チェスターの中の疑心が深まるほどライデルの中の軽侮も増し、それがひるがえってチェスターの中の憎悪を育てるという悪循環は止められない。そこには、すべての辺の長さが等しい正三角形の関係が生まれている。皮肉にも、ライデルはその時点で“父”に比肩する存在となったのだ。

そのうえ、捜査網もまた彼らを追い詰めてゆく。その圧力はコレットを心理的に押しつぶしもするだろう。それがついには三角形のバランスを崩し、カタストロフィーをまねく。

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パトリシア・ハイスミスによる原作小説(とこの映画)の原題は『The Two Faces of January』という。周知の通り「January(一月)」の呼び名は「Janus(ヤヌス)」から取られている。ローマの神である「ヤヌス」は、「はじまり」「変化」の神であり「扉」「通路」「結末」の象徴として前後二つの顔を持つ姿で描かれる。

同じひとつの物語が、若者であるライデルにとってはまさしく「はじまり」として、老境に入りつつあったチェスターにとっては「結末」として幕を下ろす。それはまた一方的な敬意からはじまりやがて侮蔑を通り抜け、最終的には互いに対する敬意をもった別れにいたるという、本物の父子関係の推移をもなぞることになるだろう。

ほとんど瑕疵のない端正な脚本と、60年代の雰囲気を隙無く再現した映像。しかもこれだけの心理的なやりとりと物理的移動、そして状況の変化を窮屈に感じさせることなく封じ込めながら、総尺を96分に収めたというこの映画が、美しい仕上がりを見せていないといえる者がいるだろうか。

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公開情報

4 月11 日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国ロードショー!
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配給:プレシディオ 協力:VAP