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そのとき獲得しうる“勝利”とは?

ドミニク・マルゴー
『トゥーマスト〜ギターとカラシニコフの狭間で〜』

文=

updated 02.25.2015

タイトルにある「トゥーマスト」とは、トゥアレグ族出身のムーサをリーダーとするバンドの名前である。そのファースト・アルバム『ISHUMAR』は、ピーター・ゲイブリエルによるレーベル「Real World」から発売されていたらしい。

80年代、10代だったムーサはリビアに赴き、カダフィ大佐の元で“レジスタンス兵”としての訓練を受けたのだという。そしてミュージシャンでもあった戦友と出会い、音楽を始めた。

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では「トゥアレグ族」とはなにか? ウィキペディアで「トゥアレグ」を検索してみると、「ベルベル人系の遊牧民。アフリカ大陸サハラ砂漠西部(アザワド)が活動の範囲である」という解説の後、「トゥアレグ抵抗運動 (1990年-1995年)。特に1992年頃から、ニジェール北部を中心に反政府武装闘争の活動が活発化、外国人観光客を襲撃するなどの武装闘争を展開した」という記述が出てくる。

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このドキュメンタリー作品には、まさにその「運動」の当事者たちの姿が登場し、彼らの視点から見た「抵抗運動」が語られる。

トゥアレグ族が遊牧生活を送っていた地域は、フランスによる植民地化とその後の独立によって、アルジェリア、ニジェール、リビア、マリ、ブルキナファソの五カ国に分割された。特にニジェールにおいては、それがウランの産地と重なっていため、外国資本とそれに“操られた”権力によって不当な扱いを受け続け、忍耐の限界に達しての武装闘争なのだという。

一度は政府との間に和平協定が結ばれ武装解除がなされたが、彼らのおかれた状況が改善されることはなく、2007年からは再び武装闘争が開始された。この映画にも、最初の和平協定が結ばれた際に元の職場に復帰し、再びその職場を去って砂漠の戦場に身を置いているという人物が登場する。

当然のことながら、彼らの運動がわれわれの接するメディアで大きく報道されることはない。される場合でも、上述のように“危険な反乱分子”として伝えられるばかりである。「オレたちは存在しないも同然なんだ」という意味のことをムーサは語る。

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あまりにも頻繁に出会ってきた図式ではある。だがたしかに、この映画がなく、トゥーマストの存在がなければ、われわれの認識の中で彼らと「イスラム国」との間には何の違いもなかっただろう。あったとしても、前者は後者ほどの拡がりと勢いを持っていないが故に、“われわれには無害”、すなわち“われわれの問題ではない”という認識に過ぎなかったはずだ。実際にはたとえば、ニジェールで採掘されたウランが日本の原子力発電所でも使われるというかたちで、われわれの現実とも地続きなわけだが。

負傷し、パリに拠点を移したムーサは、文字通りカラシニコフをギターに替えた。武器ではなく音楽を用いて闘い続けるのだと語る。なるほど。だがもし彼らの闘争規模がもっと大きく、外国資本を敵と見なし、サハラ砂漠を超えて西欧各国内での活動にも手を染めていたとしたらどうだろう。そのとき彼らは、“われわれの問題”になるのだろうか。ちょうど「イスラム国」がようやく日本でもそうなったように。そしてそれは彼らの闘争にとっての、“勝利”ということになるのだろうか。最終的なものでなかったとしても、それがひとまずの“勝利”ではないとは誰もいえないだろう。そうなった場合、音楽はどのような役割を果たしうるのか。ストレートな作りに危うさを感じながらも、そんな素朴なことを考えたい気持ちにさせるドキュメンタリー作品であった。

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公開情報

2015年2月28日(土)より、渋谷アップリンクにて公開
公式サイト: http://www.uplink.co.jp/toumast/