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「デトロイト廃墟映画」

フェデ・アルバレス『ドント・ブリーズ』

文=

updated 12.15.2016

周知のとおり、デトロイトの中心部には廃墟が広がっている。

近年ではたとえば、ジム・ジャームッシュの『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(13)がその風景によって産み落とされたとしか思えない作品だったし、『イット・フォローズ』(15)はデトロイトという虚ろな中心を持つ都市そのものについての物語だった。この『ドント・ブリーズ』もまた、その系譜に連なる。

人影のない住宅地に、老人がたったひとりで暮らしている。貧乏人かと思いきや、どうやら莫大な賠償金を屋内のどこかに隠しているらしい。しかも両眼の視力は失われている。「盲目の老人を襲う」という後味の悪さを除けば、強盗犯がつけ狙うのにはうってつけの場所ということになるだろう。

Jane Levy stars in Screen Gems' horror-thriller DON'T BREATHE.

一方で、虚ろな都市に吸いよせられたまま絶望的な日々を送っている三人の若者たちがいて、日々小さな侵入強盗をはたらいている。ロッキー(ジェーン・レヴィ)はクズ母とトレーラーハウスに同居していて、幼い妹を連れてその劣悪な環境から脱出したいと願っている。犯罪計画をいつも向こう見ずに押し進めるマニー(ダニエル・ソヴァット)は、ロッキーとともにカリフォルニアへ発とうと思いを定めている。警備会社に勤務する父親が保管している鍵や警報解除コードを持ち出すアレックス(ディラン・ミネット)は、ロー・スクール進学を夢みている。強盗は脱出への近道というより、唯一の道なのだ。

「盗人にも三分の理」というやつで、観客は三人に同情するほかない立場に置かれる。だからこそ、「それにしても盲目の老人はやめとけば?」と忠告したくなるわけだが、そこがこの物語を展開させる動力源のひとつとなる。

つまり、単純に「バカな若者たちが善人を襲う」ということなら、こっぴどいしっぺ返しを楽しみにスクリーンを見守ることができるし、「貧乏な若者が金持ちの家に忍び込む」ということであれば、若者たちを一方的に応援することができる。

だがこの映画は、その中間地帯からお話がはじまる。大いに同情の余地のある若者たちが、「弱者」を標的にするという卑劣な行為に走る。まずはそこでわれわれは、「無事切り抜けてほしい」という気持ちと、「でも教訓は与えられてほしい」という背反する気持ちに裂かれることになる。ジレンマによるサスペンスが生まれるわけだ。

ところが家屋に侵入してみると、「弱者」であるはずの老人が異常に強い。当初から湾岸戦争の退役軍人という設定が明かされてはいるが、それにしてもデアデビル並に強いではないか。あっというまに、若者たちは劣勢に追い込まれてしまう。

Stephen Lang stars in Screen Gems' horror-thriller DON'T BREATHE.

そうなると「バカが身にしみてわかったら、ほどほどのところでヤツらを脱出させてほしい」という気持ちが強くなってくるが、そう簡単にはいかない。老人は単に強いだけではないのだ。それが具体的にどういうことなのかはもちろん詳述しないが、映画の面白さを支える倫理的葛藤という視点から見れば、後退ないし妥協であるようにも見えるだろう。

という話を、文学紹介者の頭木弘樹氏にしたところ、そのことよりも、「被害者は盲人であるが故に強い」という視点の徹底が欠けているのではないかという指摘を受けた。頭木氏はその時点ではまだ映画を見ていなかったが、慧眼である。「殺しのプロ」である元軍人という設定に逃げることなく、実際に体力のない老人が若者たちを少しずつ追い詰めていくという展開の方が、この物語の舞台装置をはるかに面白く活かせたことだろう。

とはいえこの映画は、最低限ジャンル映画としてのお約束を違えない展開を見せてはくれる。『イット・フォローズ』を意識した屋外撮影のトーンもすばらしいし(そういえば出演者も重なっている)、全体として楽しい娯楽映画であることには変わりない。

公開情報

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12月16日(金)TOHOシネマズみゆき座ほかロードショー