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きっと良くなる

ヴィム・ヴェンダース『誰のせいでもない』

文=

updated 11.12.2016

大成功を収めたデビュー作の後、二作目が書けない小説家トマス(ジェームズ・フランコ)がいる。生活を共にする恋人サラ(レイチェル・マクアダムス)のありがたさに気づかないわけではないが、頭の中は自分ひとりの苦しみだけでいっぱいになっている。

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ある真冬の夕暮れ、またしても無駄に終わった書くための努力を諦めたトマスは、家路を急いでいてふと横道を見つける。雪に覆われた細い小道は、わずかにカーブを描きながら先に続いていた。

事故はそこで起こる。ふらりと飛び出した子どもの姿に急ブレーキを踏み、間一髪難を逃れたかに見えるのだが、実は少年の弟が一瞬早く車体の下に消えていたのだ。

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それは誰を責めることもできない事故だった。トマスはますます苦しみの中に閉じこもり、サラとの別離が訪れる。だが苦悩の底に到達したその筆は、ようやく動き始める。「作家として新しい次元を開いた」と編集者はいうが、当然のことながらその作品は事故という悲劇を搾取するものではある。

一方、子どもたちをひとり育てていた母親ケイト(シャルロット・ゲンズブール)もまた、苦悩と悲嘆の歳月を送ってきた。事故から二年が過ぎたある日のこと、二作目の成功を得たトマスを呼び出す。

物語はこうして、完全なる抑鬱状態にある主人公たちのすごす11年あまりの時間とともに進んでいく。リチャード・リンクレーター『6才のボクが、大人になるまで』(14)や『エブリバディ・ウォンツ・サム』(16)の鬱病版とすらいえるかもしれない。

トマスは二回目の成功のあと、新しい恋人アン(マリジョゼ・クローズ)とその連れ子ミナ(ジュリア・サラ・ストーン)との生活をはじめている。だがそうしたことのすべてを、あの日車体の下で失われた命に負っているという罪悪感を拭い切れない。老境を生きる父親(パトリック・ボーショー)であれば達観の糸口を与えてくれるのかと思いきや、父は父で、ただひたすら無駄にしてしまった己の人生を嘆いている。その姿に、むなしさは深まるばかりである。

トマスの抑鬱状態こそが、陰鬱な現実を現出させているようにすら見えることもある。そして、起こって欲しくないと誰もが願う出来事がひとたび現実のものとなると、何年も前からその中で生きてきているトマスは、迷いなく的確な行動で対処する。毎日を「非常事態」の中で過ごしている鬱病患者が、実際に「非常事態」に置かれると驚くほど冷静に判断を下せることがあるという典型例といえるだろう。

もちろん、身近な人間の「非常事態」に付き合わされる家族の方はたまったものではない。「あんな状況であんな風に冷静に対処できるあんたがコワイ」というような意味の言葉でトマスを責めるアンの態度は、一見理不尽のようにも見えるが実際には、「お前の悲劇に付き合わせてくれるな」という悲鳴にほかならない。

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抑鬱状態にある者はもうひとりいる。あの時の子ども、クリストファー(ロバート・ネイラー)だ。事故は弟を奪い、母を悲しみに沈め、そうすることで自分の人生をねじ曲げたと感じている。作家になりたいと願い、有名作家トマスとの奇妙な縁にすがる気持ちを持ちながらも、その事故を利用したと感じているトマス本人への複雑な感情を抱いている。そのため、世界との関係の結び方そのものがわからず、問題の多い成長期を過ごしてきた。

鬱病者の生きる現実そのもののようなこの映画の物語は、どこに進むのだろうか。「Everything will be fine.(きっと良くなる)」という、これまた鬱病者が自死しないため自らに言い聞かせる呪文を思わせる原題の指す変化は、実際にトマスたちの上に訪れるのだろうか。

それはぎりぎり訪れる、と記しておこう。「すべての出来事に意味があった」というような似非スピリチュアルな結論ではない。「そうやって生きていくほかないではないか」という絶望と紙一重の光が訪れる。それはほんとうに微かなものであって、だからこそわれわれの胸を打つ。  everythingwillbefine_sub2

留保なくがっちり機能する物語を過不足なく展開したこの映画は、ヴェンダースのフィルモグラフィーの中でも希有な存在なのではないだろうか。

 

公開情報

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11月12日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー!
配給 トランスフォーマー