hirunehime_0828

風景とキャラとエモーション

神山健治『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』

文=

updated 03.19.2017

物語は2020年、東京オリンピック開催の3日前にはじまる。いや、実際には高校生の主人公森川ココネ(声:高畑充希)が生まれる前からはじまっていることが後でわかる。

ココネは瀬戸内海を見渡す岡山県倉敷市に住んでいて、ささやかな自動車修理工場を営む父親モモタロー(声:江口洋介)と二人で生活している。母イクミ(声:清水理沙)はココネの幼い頃にこの世を去っているが、そのいきさつはあまり知らない。

hirunehime_0302

ここのところ、ココネはうたた寝をするたびに夢を見る。そこではこんな物語が展開されている。

舞台は「機械づくりの国」、ハートランド。機械が人々に幸福をもたらすと信じる国王に統治され、「魔法」が禁止されている。だがハートランドの姫エンシェンは、魔法を使う能力とともに生まれてきてしまった。そのため、塔の上に幽閉されている。

そんな折、ココネの周囲で事件が起こる。父親のモモタローが警察に逮捕され、東京へと連行されるのだ。どうやらそこには、森川家のタブレットに収められたあるソフトウェアをめぐる陰謀が関わっているらしい。ココネは、2歳年上の幼なじみモリオ(声:満島真之介)らの手を借りて、それに立ち向かうこととなる。

hirunehime_sub1

このハートランドでのお話と、現実世界でのお話が表裏一体となって映画は展開されていく。ちょっとだけ未来にある「現実世界」の景色も魅力的だし、現実の風景の上に1920年代ニューヨークを思わせるスチーム・パンクな味付けをほどこしたハートランドの景色もまた強い求心力を持っている。その中に登場する「巨大ロボット」の姿も同様である。

モモタローとその同好の士たちが形成しているコミュニティのありかたも気持ちがいいし、ココネとモリオの関係も爽やかで視界を邪魔しない。そもそもココネが過剰に今風でも田舎者でもないところに、好感が持てる。

hirunehime_sub4

そういうことがあって、ココネの母の物語が彼女にとって思いがけないかたちで回帰してきた瞬間にはちょっとほろりとさせられもする。とにもかくにも全体として、神山健治作品の中でもストレートにエモーションを起動させることに成功している作品であることはたしかだろう。

しかしながら、現実とファンタジー世界を共存させるというきわめて難しい鬼門のような道がこの映画では選ばれている。現実世界で起こる出来事の暗喩としてファンタジー世界での出来事があるという構造が、論理的な破綻無く構築されているのである。破綻が無ければいいのかといえば、この場合ばかりはそうとはいえない。

hirunehime_sub5

もちろんファンタジー世界の機能については、過去との関係においてちょっとしたひねりが用意されてていて、そこが観客の心を衝くポイントとなっている。だがそれでもなお、現実と同時進行で展開されるファンタジー世界での出来事については、あくまで暗喩としての機能から逸脱することができないまま終始するのである。

ありていにいえば、ファンタジー世界と現実世界の関係を理解した瞬間から先は、ファンタジー世界においてどれだけ魅力的な展開が用意されても、それは「実際にはおこっていないこと」になってしまう。それはある種、現実世界の「翻訳」にしか見えなくなり、ならば「原文」はどうなっているのかと反射的に考えさせるのである。

繰り返しになるが、これは現実と非現実をきわめて論理的に結び合わせていることから起こる現象なのであって、ならばどうすれば良いのかと問われれば、「破綻をおそれない飛躍が必要」という抽象的な議論から始めざるを得ない。

とはいえこの弱点を踏まえた上でも、全体として華のある企画だということは記しておきたい。前述のように風景を眺めるだけでも、その中で動くキャラクターたちを見つめるだけでも、十分に楽しいのだから。

公開情報

3月18日(土) 全国ロードショー
公式サイト: http://www.hirunehime.jp
(C)2017 ひるね姫製作委員会