trumbo_main01

バランスとアンバランス

ジェイ・ローチ
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

文=

updated 07.19.2016

恥ずかしながらダルトン・トランボといば、「赤狩り」によってハリウッドを追放されたのちしぶとく復帰を遂げて『ジョニーは戦場へ行った』(71)を監督した生真面目な社会派、というくらいの貧しいイメージしか持っていなかった。もちろん「生真面目な社会派」ゆえにあまり興味をいだけなかったということであって、彼の脚本作品とは知らずに面白く見ている映画はいくつもあった。

たとえばジョセフ・H・ルイス監督作の『拳銃魔』(50)や『テキサスの死闘』(58)といった作品がそうなのだが、それよりもなによりも『ローマの休日』(53)。つまり、ノワールからラヴ・コメディにいたるまで一級の娯楽作品を書けた男だったのだ。

trumbo_sub01

ちなみにこの三作品はそれぞれ、ミラード・カウフマン、ベン・ペリー、イアン・マクラレン・ハンターが名義を貸している。トランボは、1947年に下院非米活動委員会の第一回聴聞会に召喚されて以降映画業界から閉め出され、1960年にスタンリー・キューブリックの『スパルタカス』、オットー・プレミンジャーの『栄光への脱出』で“復活”を遂げるまで13年の間苦境におかれていた。だが追放されているとはいっても、脚本家であったトランボにできることは脚本を書くことしかない。今作でも、ありとあらゆる手を使ってひたすら書き続ける彼の姿が描かれる。

友人の名前を借りて仕事をとりつけ、それが難しくなるとB級以下のクズ映画を大量生産していた製作会社に自らを売り込み、破格に安いギャラで仕事を受ける。しかもそれには、書くだけでなく直すという作業も含まれていた。そのうえおのれ一人で仕事をしまくるだけでなく、同じように追放の憂き目に遭っていた脚本家仲間を引き入れ、全員に仕事が行き渡るようなシステムを工夫する。

trumbo_sub05

ただし、そのような過剰労働を続けるトランボ本人がまともでいられたわけはない。睡眠を削って執筆をするために薬物をひっきりなしに摂取し、酒を浴びるように飲み、イライラがつのると家族にあたりちらし、「生活のため」と子どもたちをこき使いもしていた。まあ、社会的には優しい良識派が家庭内では暴君というのはよく聞く話だが。

という物語を、告発調になりすぎることなく、文芸メロドラマに傾きすぎることも巧みに避けながら随所に笑いをちりばめ、しかも史実のポイントをおさえながら骨格を通すという、極めてバランスのとれた手際の良い語り口で、この映画は見せてくれる。

trumbo_main02

トランボ本人(ブライアン・クランストン)、妻のクレオ(ダイアン・レイン)、娘ニコラ(エル・ファニング)といった一家のほか、見事なヒール役をつとめるゴシップ記者ヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン)、また暗黒街から映画プロデューサーにのしあがったとされるフランク・キング(ジョン・グッドマン)にいたるまで、キャスティングもこれ以上ないくらいに成功している。

trumbo_sub02

ようするに、「ハリウッドの赤狩りで追放された脚本家についての映画」ではなく、史実をいっさい知らなかったとしても一本の娯楽映画として楽しむことのできる仕上がりになっているのであった。
個人的には、トランボが脚本のパーツを切り貼りしながら作業している様子にぐっときた。トランボにとってすら、脚本を書くという作業はツライものだったのだ。それは緻密な論理と計算と構成が必要とされる、数学のような建築のような物理学のようなものであって、決してひとり人間の脳の中に自然と涌いて出てくるようなものではないのだ。あんなに自然に見える『ローマの休日』であっても。

trumbo_main03

公開情報

©2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED
※メイン・スチール(一番上): Photo: Hilary Bronwyn Gayle
7月22日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー
配給: 東北新社 STAR CHANNEL MOVIES