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なんだかんだあってもというバランス

ファティ・アキン『50年後のボクたちは』

文=

updated 09.16.2017

そういえば小学校中〜高学年になると、工事現場の立ち入り禁止札があれば立ち入り、地面にほじくり返された深い穴の底に溜まった水たまりの中に飛び降りてみたり、作りかけの橋の骨組みの上を歩き始めたはいいものの途中でいきなり川面からの高さに怖じ気づいて深く後悔したりといったことを繰り返していたものだったのが、ある時期、「これはヘタをすると警察に捕まる」と理解する瞬間がやってきてやめたのだった。

それがたぶん高校一年くらいのことだったのではないだろうか(実際、その頃警察に捕まったことがある)。であるとすれば、世界が思い通りにならないことへの思春期特有の屈託がありつつ、まだ全能感の残滓がギリギリ残っているのが中学時代ということになる。

この映画の主人公たちも14歳だというから、日本でいえば中学2年から3年の時期にあたる。クラスにはやけにませた女の子がいてまぶしく輝いているけれど、自分はその光の中にはいないという暗い確信とほんとは入っていなければおかしいという根拠のない妄想を抱えているのが、主人公のマイク(トリスタン・ゲーベル)である。多くの男子たちの、ひとつの典型といえるだろう。

そのクラスへ、ロシア移民の子だというアジア系の顔つきをしてやたらと体格のいいチック(アナンド・バトビレグ・チョローンバータル)が転入してくる。粗野で乱暴でアルコールのニオイをプンプンさせている。ヘンなヤツ扱いをされてもまったく意に介さず、クラスのいじめっ子風に絡まれてもなにやら耳元でささやきかけるだけで相手が恐れをなす。マイクもまたイヤだな、と最初は避けるのだが、なんとなく会話がはじまり、夏休みがはじまるころには友だちと呼んで良い関係になっている。

さて、マイクの父は若い愛人とともに「出張」に出かける。アル中の母は断酒のため施設に入る。そういうわけで、「拝借」した車を運転するチックが、玄関先に姿を現した時には、マイクも旅に出かける準備がすっかり整っている。目的地はチックの祖父が住んでいるという土地。どこかにあるのかは、はっきりしない。ただ南へと向かえばいい。ただし、向かっているのがほんとうに南かどうかはわからないし、気にしていない。

野宿、食料調達、やさしい農家のおばさんと子どもたち、警察との追いかけっこ、謎の美少女、広大な景色。失敗したりうまくいったり助けられたり助けたり。要するに、幼年期の終わり、あるいは青年期のはじめとしては理想的な旅が始まる。

何かどぎついことが起こるわけでもなく、サスペンスやロマンがものすごくかき立てられるわけでもない。ひと言でいえば上品なつくりで、ヘタをすればあたりさわりのない物語にもなりかねないのだが、不思議な心地よさが続く。これはどうしたことだろうと首をひねっていると、たぶん繊細なバランス感覚のたまものなのだと気づく。

たとえばチックは明らかに移民なわけだが、マイノリティとしての立場がことさらに掘り下げられることはない。自由すぎる彼の行動から見て、普通な家庭に生きているわけでないことが伝わって来る以上の説明はない。

マイクの母親の描き方において、バランス感覚はさらに研ぎ澄まされている。アル中で、息子が保護者のように見えなくもない役割反転が起こっているわけだが、それはそれとして見せつつ、二人が揺るがない愛情に結ばれていることも同時に示される。しかもアル中という病によってマイクの人生が根底からねじ曲げられているわけではないことも、描写の端々から理解される。そんなことが可能なのは、ひとえに彼らが中流階級の中の上層部に生きてるからであることは容易に想像されるのだが、そこにも踏み込まない。

さらにいえば、主要な登場人物のひとりがセクシュアリティに関わる告白をする。でもそこから物語が急展開するわけではない。また、ヨーロッパにあふれる難民の存在も忘れられていないが、そこに視線が集まることはない。

なんだかんだあっても人生は続くという、これまた書きつけてみると陳腐極まりない時間の流れ方が、さりげなく観客を包み込むようにできているということなのだろう。

そしてもちろん「ひと夏の冒険」には終わりが訪れる。別れ際の主人公たちは、「50年後にまた会おう」という約束をするのだが、必要以上にそのことを核として彼らの人生が展開していくわけではないだろうことも、すぐに伝わってくる。それを眺めている中年としては、もう50年後の再会など約束できる年齢ではないのだと気づき、ちょっと寂しい気持ちにもなるのだが、それもふくめて心地よいということになるだろう。

公開情報

9月16日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー!
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