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イタ可笑しいことこの上ない

ノア・バームバック『ヤング・アダルト・ニューヨーク』

文=

updated 07.21.2016

思い描いた成功なんか手に入れていなくてまだまだジリジリしながら毎日を送っているのに、いつのまにか十も二十も下の連中がそんな自分に対するリスペクトを口にしながら近づいてきたら、この映画の主人公ジョシュ(ベン・スティラー)でなくてもついほだされてしまうだろう。

まだまだ「新進気鋭」のつもりでいるのに、気づくと自分の子どもでもおかしくない年齢の「新進気鋭」がそこら中にいるというのは、たしかに恐怖以外のなにものでもない。ならば「先輩」になるしかないではないか。庇護し助けの手をさしのべるべき「後輩」を手に入れることで、ようやく自分の人生との折り合いもつくかもしれないという気持ちになったとしても、だれが彼を責められるだろう。たいがいの人間は、「わが子」をもうけることで折り合いをつけるのだから。

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本作原題にある「若いうちに(While We’re Young)」を念仏のように唱えながら、「なすべきこと」のために「大人になること」を必死で棚上げしてきた中年たち。すべてを注ぎ込み前進しているつもりだが、その速度はとてつもなく遅く、実際にはなにもなしていないに等しかったりする。そしてそのことを痛いほどに自覚しているが故に、ますます今さら「大人」になるわけにはいかない。今「大人」になってしまったら、今までの自分がムダになる。それがジョシュのいる場所であり、すなわち中年過ぎてカルチャーだなんだいっているわれわれ全員の姿なのである。

ドキュメンタリー映画監督であるジョシュは、もうかれこれ8年間も新作を作り続けている。あまりに時間をかけすぎて、画面に映る自分の顔つきも変わってしまった。それでもまだ撮影は終わらない。せっかくの夏休みも「編集作業」に費やし、同世代の友人夫妻が子どもを授かった途端「つまらない存在」に成り下がったことを、喪失感と共に悲しんでいる。

映画プロデューサーである妻のコーネリア(ナオミ・ワッツ)もまた、友人たちの赤ちゃん自慢にうんざりしながらも、微速前進どころか後退しているようにすら見える夫の姿を間近で観察しながら、これまでの生活を一新するほどの強さではないものの、人生へのうっすらとした失望が堆積しはじめているのに気づいている。

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そこに現れたのが、ドキュメンタリー映画を作っているという若者ジェイミー(アダム・ドライヴァー)と、その妻で“アイスクリーム職人”のダービー(アマンダ・サイフリッド)である。ジェイミーはたちまちジョシュの心を融かし、創作に燃えていた日々の感覚を蘇らせる。久しぶりに熱量の上がったジョシュにのみ込まれるようにして、コーネリアも彼らとの交友に夢中になっていく。

40代のジョシュたちは、いつも先端部を走ってきたという自負がある。最新テクノロジーは登場するたびに取り入れ使いこなしてきたし、恋愛と結婚を巡る伝統的価値からも自由であろうとしてきた。他人の差異を認め、異なった存在である自分たちのあり方も認めさせるのがカッコイイと考えている。

ところが「イケてるクリエイティヴな20代」であるジェイミーたちの世代には、そもそも「最先端」を追いかけるのがカッコイイという価値観がない。あらゆるものがあたりまえのものとして存在していたため、あえてLPのような古いテクノロジーを選択するのがカッコイイし、伝統的価値への反抗心からも自由であるが故に若くして結婚するのもカッコわるくないのだ。

とはいえあたりまえのことだが、そんな若者たちを「後輩」として自分の精神の安定に利用する以上、「後輩」の側にも魂胆があることを忘れてはならない。なぜなら若者というものは定義からして「野心満々」なものなのだから。それだけが変わらないところといえるのだろうか。そのことに遅ればせながら気づいたときのジョシュのみじめな狼狽ぶりは、ほんとうに痛々しくわれわれを突いてくるだろう。

ことほど左様に、すみからすみまで「あるある」と膝を打たせられるし、だからこそ「わかるなー」と身につまされるし、イタ可笑しいことこの上ない映画なのである。

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しかもこの映画の物語は、魂胆があろうが悪巧みがあろうがもの作りにおいては結果がすべてであるという姿勢を崩さないまま、ジョシュに対して、ということは危機をむかえた世の中年のみなさんに向けて、ある種の救いの手を差し伸べ得ているのである。要するに、ただイタい物語をイタいまま見せているわけではない。身につまされ深く反省させられた後は、じっくり自分のなすべきことに思いをいたす。きちんとそんな風に機能するのだ。

ただし、ジョシュとコーネリアにとって「救い」ないし「折り合い」というものが「結局これなの!?」と一瞬憤慨したくなるという意味において、結局ラストに至るまで辛辣さは薄れない。いや、あれは辛辣な皮肉だったと思いたい自分自身が、どれだけ「大人」を棚上げしているのだ、という話なのだが。

公開情報

© 2014 InterActiveCorp Films, LLC.
7月22日(金)より、TOHOシネマズ みゆき座ほか全国ロードショー!
配給:キノフィルムズ