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語られる物語を必要とする者たち

フォン・シャオガン『芳華』

文=

updated 04.11.2019

物語は、文化大革命末期の1976年に幕を開ける。毛沢東が死に、四人組が逮捕される年のことだ。舞台は、人民解放軍の歌劇団である文芸工作団(略して文工団)。新入りである17歳のホー・シャオピン(ミャオ・ミャオ)の目によって導入されるその兵営の景色は、全寮制の音楽学校にしか見えないだろう。若い男女のみずみずしい身体が、画面の隅から隅まではじけるように動き回り、笑いさざめくのである。

このように、ほとんど我々の直視を許さないくらいの輝かしさを放つ集団としてスクリーンに登場する文工団だが、その中でひとり垢抜けないシャオピンは、たちまちのうちに孤立していく。彼女の実父が労働改造所送りになっていたこと。そしてその帰還を待ちきれなかった母親が再婚したため、居場所のない家庭から逃れるように入団してきた少女であることが明かされる。

この冒頭を見ていると、なるほど、そんな彼女もまた人間関係の困難を乗り越え、同僚/戦友との深い絆を結んでいく話かと思いきや、なかなかそういうふうには展開していかない。そもそも、これはシャオピンだけの物語ではない。

心優しいリウ・フォン(ホアン・シュエン)は仲間としてシャオピンのことを気づかいつつも、歌劇団の歌い手であるリン・ディンディン(ヤン・ツァイユー)への恋心を募らせている。そういう人間関係のベクトルは、主人公たちを縦横に貫いているのだが、正直なところなかなか一人ひとりの顔とキャラクターが際立ってこない。

だがしばらくすると、それこそがこの文工団に流れていた時間であり、一団となったときの若者たちの身体のありようなのだということが、なんとなく理解されてくる。そこには、小さな諍いや悪意が波紋を広げる瞬間も訪れる。だが、それ以上に、というよりもそんなものとは比べものにならない強度で、団員たちの美しい肉体の印象だけが堆積していく場所となっていくのである。

その間にも、文工団の、というよりも現代中国史の時間が刻一刻と流れていき、甘やかに停滞する時間も終わりを告げる。仲間の一人は中越戦争で肉体の一部を失い、もう一人は精神に大きな傷を受けることになるだろう。

という具合にして、1995年までの20年間が語られる。当然のことながら、歴史に関して批評的なコメントが加えられることはない。ただ、歴史の中で一喜一憂する主人公たちの姿だけが映し出されていく。

その物語話法は、見なれた娯楽映画の定石には一向に寄り添わない。かといって、〝歴史に翻弄される若者たち〟という単純な視点だけが守られるわけでもない。あくまで青春映画の輝かしさを保ちつつも、前述のとおり、いがみ合う者同士に和解が訪れることはないし、一定の相互理解に到達することもほとんどないのである。

唯一の例外が、この映画を前進させるモノローグの話者で、彼女だけが、1995年以降の時点からすべてを振り返り、己が多数派の中にしかいなかったことを自省しつつ、のけ者のまま集団からはじき出された者たちの心にまで想いをいたすことになるだろう。

月日が流れて再会する主人公たちの一部は、その時点ではもう、和解という手続きすらすでに必要としていない。ただ〝あの頃〟を共有しているという、ただその一点だけで互いに懐かしみ合えるのだ。共有していない身にしてみると、どうにも腑に落ちないことおびただしいわけだが、その時点になってようやく、これこそ自分たちがいつもしていることだな、と気がつく。リアル、と言ってもいいかもしれない。

結局のところ、大部分の人間にとって過去のわだかまりを解決することなど求むべくもなく、というより和解などというものはたいていの場合、ある時点から不要となり、それを必要とする者だけが、おそらくはその過去を現在につなぐ物語を語ることになるのだ。

ということはこの映画の物語もやはり、治癒せぬ外傷を負った者が止むに止まれず語ったものということになる。書きつけてしまうとあまりに図式的だが、それが誰かといえば〝現代中国〟ということになるのだろうし、そう考えれば中国で「4000万人が涙した」という惹句も腑に落ちるというものだ。

さて、そうした歴史と無縁な一観客にとって、この映画の物語が無縁かといえば、上述のとおりそうではない。キラキラした印象となんとなく不可解な気分がないまぜになったものを抱えて劇場を後にしたとしても、数日経った頃にはこの映画と関係のない、我が身の〝あの頃〟がぽろりぽろりと蘇り始めていたりするのだから。

公開情報

4/12(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
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