OUT OF THE FURNACE

スコット・クーパー『ファーナス/訣別の朝』

“まともな世界”

文=

updated 09.24.2014

ドライヴイン・シアターの車中、ささいな言葉に反応した男が、女を殴る。それを見とがめた赤の他人もまた殴られる。地面に倒れてからも、執拗な暴力は止まない。そんなシーンから、この映画は幕を開ける。殴り続ける男は、ウディ・ハレルソン。顔を見れば、それが彼にとって日常の一部でしかないことがただちに理解される。

後に情報を確認してみると、上映されていた映画は北村龍平の『ミッドナイト・ミートトレイン』(08)だったらしい。そこに、映画史への目配せはない。ただ、場末の二番館以下でかかっているであろう映画ということにすぎない。その荒涼としたリアリズムが、この映画のすべてとも言える。

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主人公ラッセル(クリスチャン・ベイル)は、唯一の産業も衰退して久しい田舎町で、実直に生きている。真面目に働き続ければ、裕福ではなくても幸せな家庭を築き守っていくことができるはずだという、ひと世代前の価値観が彼のよすがである。一方弟のロドニー(ケイシー・アフレック)は、そんな生き方を盲目的に信じることができず、抗い続けている。だが、軍に入隊し、四度に渡るイラクでの従軍から帰還しても、状況はなにも変わらない。ただ耐え難い経験だけが積み重なり、彼を追い詰めている。

つまるところ、出口はどこにもない。やがてロドニーは、八百長で成立している“ストリート・ファイト”の薄暗い闇の中へと入り込んでゆく。その案内人となるのが町の小悪党ペティ(ウィレム・デフォー)であり、辿り着く先には、犯罪組織の首領デグロートがいる。デグロートこそが、冒頭のハレルソンなのである。彼の縄張りである山地は、警察ですら足を踏み込めない。

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TVドラマ版『ウォーキング・デッド』にも、「文明が滅んで、やっと弱肉強食のまともな世界がやってきた」という意味のことを語る貧乏白人集団のリーダーが登場するが、デグロートはまさに、その“まともな世界”を生きている。いや、“グローバル経済”という“文明”から切り離されている登場人物たちは、結局のところ最初から全員が、“まともな世界”の中に閉じこめられている。

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“弱い人間”が金にものをいわせて支配する“まともでない世界”はいつでも、「そこから抜け出せるかどうかは、お前次第なのだ」「正しい選択をしろ」とささやきかけてくるが、彼らに選択肢があったことはいまだかつてないのだ。

だから、思いつきのように軽い殺人があり、その復讐が成し遂げられたとしても、対照的な存在のように見えるラッセルとデグロートの間に、大きな差異はなかったという結論が導き出されるばかりで、彼らを塗りつぶしている暗がりがわずかなりとも晴れることはない。ラッセルの信じてきた価値は、決して回復されない。“まともでない世界”からすれば、ただ“虫けら”どうしが殺し合ったに過ぎず、“世界”には一条の傷も加わっていないのだから。 

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公開情報

© 2013 Furnace Films, LLC All Rights Reserved
9月27日(土)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー! 配給:ポニーキャニオン
公式HP:furnace-movie.jp
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