超越的視点を持たないことの強み
文=川本ケン
フィンチャーといえば『エイリアン3』(92)でデビューした際には、言葉の最悪な意味での「学生映画」などと酷評されていたわけだが、それはエイリアン・シリーズのファン心を敢えて逆なでする物語設定によるところが大きかったのであって、今冷静に見直してみると案外イケていることに気づくだろう。という細かなことはともかく、フィンチャーはいつのまにか今の「アメリカ映画」を体現する作り手のひとりとなっていた。そのことに異論はないだろう。そしてその体現ぶりは、一時期のスティーヴン・ソダーバーグすらを微妙に追い抜いてしまってすらいるのだ。
フィンチャーのフィルモグラフィーは、大きくふたつの時期に分けることが出来るだろう。初期の映像フェチ期と、『ゾディアック』(07)からはじまった近年の脱映像フェチ期である。
映像フェチ期とは、その名の通り映像の外連味を存分に追求することでシリアル・キラー・ブームとのシンクロ点からブレイク・スルーした『セブン』(97)、そしてそこで獲得したものをさらに一歩押し進め、世界への根源的違和を暴力的に体現する物語という100%自分好みの素材を、映画の古典的フォルムを無視した「なんでもあり」の手法によって映像化した『ファイト・クラブ』(99)の二作品によって、あらかじめゼロ年代の映画表現に決定的な刻印を押した時期にあたる。ただ、その影響は決定的であったが、それだけであればゼロ年代の終わりと共に姿を消していてもおかしくはない作り手であった。
では近年の脱映像フェチ期においてなにが起こっているのか。ひと言でいえば、視点の放棄ということになるだろう。もちろん、大勢の主人公による複眼的な視点が導入されるというような古臭い話ではない。『ゾディアック』においても刑事、新聞記者、挿絵描きといった複数の人物が連続殺人犯の謎を追うが、そこでは決して、それぞれの発見したものを隠したり見せたりするという操作的な物語り法が採られるわけではない。もちろん現実の事件において真犯人が不明のままという事情があるにせよ、真実に向かって漸進しているように見えるのはただそう見えるだけで、ほんとうにそうなのかどうかについては登場人物はおろか作り手自身も把握していないという姿勢が最後まで貫かれる。それでも高いエンターテイメント性を確保できているところが驚異的なところであって、その点は『ソーシャル~』においてさらにもう一歩進められている。なにしろ訴訟のための協議=証言が映画全体の基本時制となり、そこから過去が振り返られるという構成が採られているのにも関わらず、謎が物語を牽引する核となることはなく、それ故『羅生門』的な主観の齟齬といった主題が前景化することもなく、従って真実の在処が明かされるわけでもなく、ただ生起したとされる出来事が並列的に提示されているのであるから。その上で、「真実の物語」に対するゴシップ誌的な興味を持っていなくとも、いわば放棄された視点の残した真空に吸い込まれるようにして、我々は映画を最後まで見てしまうという意味において、高度なエンターテイメント性も付与されている。これはいったいどういうことなのか!?
断っておくが、ミニマルな作りではない。ただし暴力が爆発することも、殊更な悪意が垂れ込めることもない。もはや、我々の生きるゼロ年代以降の世界そのものとしかいいようのないものが、そこでは体験されることになるのだ。自己増殖をはじめたネットワークには、はじまりも終わりもない。同様に、すべてが「液状化」したこの世界を生きる我々は、超越的な視点を持ち得ない。だが持ち得ないということが、すなわち世界と対峙する際の強みにもなり得るということを、この映画は示したということになるのではないか。ジジェクを引くまでもなく我々はすでに「終わりの時間」を生きているのであって、遙か昔に存在するのを止めたものがあたかもいまだに存在するかのように振る舞っていても、何の益にもならないどころか害悪を拡げるだけなのは明らかなのだから。
それをこの映画の物語によって言い換えると、人びとの持つある「弱さ」によって産み出されたものが、産み出した者の意志とはほとんど無関係な場所で「力」を産み出す、というのが我々の生きる世界の有り様なのであり、それ故に「真犯人」は存在しないという事実を前提とした思考によってのみ、現実に根本的な変革をもたらすことができる、ということになるだろう。
いずれにせよ、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(09)といった一見後退にも見えるような作品を撮ってしまうことはこれからもあり得ることだが、この作品をもって、今最もスリリングな試みを続ける作り手のひとりが、デヴィッド・フィンチャーであるということは、確固たる事実となった。
『ソーシャル・ネットワーク』
1月15日(土)より全国ロードショー
□
『ソーシャル・ネットワーク』オフィシャルサイト
http://www.socialnetwork-movie.jp/
初出
2011.01.12 08:00 | FILMS