若い女性が脚本を書き始める。それはひとりのフランス人女性アンヌ(イザベル・ユペール)を主人公としている。
彼女は、青いシャツを着た映画監督として、友人の韓国人映画監督ジョンス夫妻と共に、海辺の町に到着する。アンヌは無頓着な様子だが、どうやら三者間には微妙な感情的力学が働いているように見える。妻はアンヌをもてなす夫ジョンスの様子を不満そうに観察し、夫は妻の視線を避けてアンヌに話しかける。当のアンヌは、ぶらぶらと海辺を散歩している時に、“陽気で気の良いおバカさん”といった風情のライフガードと出会う。
さてその話が一段落すると、今度は赤いワンピースのアンヌが登場する。舞台は同じ海辺の町、同じ民宿である。彼女は夫の目を盗み、愛人である韓国人映画監督スーとの人目を避けた逢瀬のためにこの町へやって来た人妻であることが説明される。だがスーの到着は遅れ、ひとりの時間を過ごさなければならない。海辺をぶらついている時に、彼女はひとりのライフガードとすれ違う。
その次に現れるのは緑のワンピースを着たアンヌで、夫と別れたばかりであるらしい。同行しているのは民俗学者のパクである。民宿の隣の部屋には、映画監督のジョンス夫妻が宿泊している。
『3人のアンヌ』とは、つまりそういうことなのだ。種も仕掛けもない。3人の別々な人間としてアンヌが登場し、三つの物語が語られる。その他の登場人物たちも、同じ名を持っている場合でも別の世界の別の人間であるし、観客である我々がほとんど同じやりとりに出会うことがあっても、それは別の文脈の中で行われている。
なにも複雑なことが試みられているわけではない。ただ、例えば冒頭現れる砂浜に転がっている割れた焼酎の瓶は、三番目のエピソードでアンヌがラッパ飲みをした後放り投げた瓶なのでは、と考えてしまうし、アンヌがそれぞれのエピソードの中で幾度も借りる傘もまた、ひとつのエピソードから別のエピソードへとワープして出現しているように感じられる瞬間がある。
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初出
2013.06.13 15:00 | FILMS