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SVが選ぶ “クリスマスは映画三昧!” Vol.3

吉田恵輔監督
『麦子さんと』

クスクス笑いと脂汗

文=

updated 12.20.2013

ところで物語の時間軸は、麦子が田舎町に降り立つ数ヶ月前へと飛び、父の死後兄(松田龍平)と共に暮らしていた家に、幼い頃に生き別れた母が移り住んできたというなりゆきが語られる。父を捨てて出て行った母、という認識を持つ兄妹は、当然のことながら母を素直に受け入れることができない。間もなく兄は同棲生活を始めるために家を出て、妹だけが残されることになる。彼女は居心地の悪い思いをするが、母親の方は、鈍感力が故なのか敢えてなのかわからぬ無邪気な図々しさで彼女に接し続けるのであった。やがて、ようやく少しだけ心を開きかけたとき、母はあっけなくこの世を去る。

というところでまた現在時に戻り、かつて若かった頃の彩子に恋い焦がれたおっさんたちによってちやほやされながら、麦子は納骨をすませるべく手続きを進めるが、埋葬許可証を忘れたため数日の間その町に滞在しなければならなくなる、という具合に映画は進んでいく。

田舎町の良さに心を洗われることもなければ、新たな出会いがあるわけでもない。むしろ麦子にとってはうっとうしいくらいに彩子の記憶だらけの町なわけだが、だからといってそこで母にまつわる意外な過去が貌を顕すわけでもない。それでもとにかく、おっさんやらおばさん、あるいは田舎のダメな若者といった連中との他愛もない会話や行動を通して、麦子は彩子という存在、すなわち自分自身との折り合いを付けられるところにまで到達する。

その間我々は、たいていの場合プスプスと含み笑いを続けるのだが、脂汗の滲み出るような気まずい瞬間も幾度か訪れる。このあたりの作劇の緩急は、明らかに腕を上げたとしかいえないようなうまさがある。しかも、母が昔カラオケ大会で歌ったという「赤いスイートピー」の徹底してベタをおそれない使い方。吉田恵輔という作り手が、圧倒的なポピュラリティーを獲得する日もそう遠くはないと、感じさせられた。

☆ ☆ ☆

『麦子さんと』
2月21日(土)よりロードショー
オフィシャルサイト http://www.mugiko.jp
(©『麦子さんと』製作委員会

 

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初出

2013.12.20 09:00 | FILMS