電子書籍版への対抗処置的なキャンペーンだったのか、原書刊行当時、1700ページを超えるハードカバー版が(たしか)9.99ドルという安さで売られていたのですぐに購入したのだが、あまりにも重すぎて寝転がって読むのに疲れてしまい(腕が筋肉痛になった)、「こういう時には電子書籍の方が断然ラクだなあ」と素朴な認識を植え付けられ、面白いのにも関わらずしばらく進んだところでそのまま放ったらかしにしてしまったのだった。この翻訳版もまた半端ない厚さだが、(トータルの出費を考えると痛いものの)上下巻に分けてくれたのはありがたかった。ギリギリ片手で開いて読める重さとなっている。
さて中身のことだが、タイトルどおりある日突然透明なドームの中に閉ざされるひとつの田舎町の住民たちのお話である。ゾンビものや数多くのパニックものにおける、閉塞した極限状況の中での人間ドラマ、という鉄壁の設定と言うことができるだろう。だから、良識を保つ人間もいれば、たちまち欲望を肥大させ悪の権化となる人間もいる。そして大部分の者たちは、ただ状況に翻弄され右往左往するだけの存在となる。ちょっとしたことで暴動は起こるし、見え透いた先導にも乗せられてしまう。
ひとつひとつのディテイルの中に真新しいものはほとんどない(というよりも懐かしさを覚えるジャンル的ガジェットで一杯なのだ)が、例によってキングの腕力ひとつによって読者はたちまち引きずり回されることとなる。たしかに『ザ・スタンド』における思索や、『IT』の甘酸っぱさ、あるいは『呪われた町』の精密さといったもののレベルには及んでいないが、近年の文学臭を強めた作品にはない面白さに充ちていることはたしか。きちんと悪趣味だし、『悪霊の島』のように終盤で失速することもない。息子=ジョー・ヒルの作品や、彼との共作に良い刺激を受けているのか、そういう意味では往年のキングらしい楽しさをかなりの程度堪能することができる。もちろん、3.11以降の日本をちらちらと思い浮かべさせられる部分もあるし、要するに、この価格でもまったく損はないということ。エンターテイメント小説はこうでなければならない。
『アンダー・ザ・ドーム』上&下
スティーヴン・キング/白石朗訳/文藝春秋
初出
2011.06.06 12:00 | BOOKS