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フィデル・カストロ

『カストロは語る』

空気をさっと入れ換える

文=

updated 01.24.2011

革命から52年。その指導者が今なお存命であるのみならず、少なくとも国外から眺めている限り変わらぬカリスマを保ち続けていることがすでに驚異的なことではあるが、それが巧みなイメージ戦略の結果なのかどうなのか、異論あるところだろう。たしかに、様々に見聞きする情報や映像の断片に触れている限り、アメリカの周縁部にあって国際政治におけるオルタナティヴな力としての存在感を維持しているキューバという国は、グローバル資本主義の波にもまれ様々な次元での矛盾をますます露呈しつつあるようではあるが、国民は貧しさをラテン的なあるいはカリブ的な「おおらかさ」によって引きうけながら総体としては現「革命政権」による国家運営を甘受している、というのが大方のイメージだろう。とはいえ、幼少期に南米大陸で生活していた筆者の記憶の中では、冷戦まっただ中の当時、キューバ大使館とは厳重なセキュリティ体制によって守られ昼夜を違わず強烈なライトで照らされた「怖い国」の出先機関であった。もちろん、今ではベネスエラのチャベス政権をはじめとするキューバ以外のオルタナ・パワー勢が南米大陸各地に生まれていることであるから、そうした感覚も変質を遂げているにちがいない。

さて、本書に収められているのは、国営新聞『グランマ』に掲載されているカストロ自身による近年のコラム(正確には2009年3月から2010年9月までのものを含むが、大半が2010年のもの)の中から翻訳者・越川芳明氏がセレクトし、時系列順に並べたものである。「ワールド・ベースボール・クラシック」に関して日本に言及するもので始まり、広島での被爆者を乗せた第70回ピースボート参加者たちとの「平和への交流会」の模様を収録したもので幕を閉じる。もちろん一国の「司令官」による文章であるから、我々の想定を根底から覆すような度肝を抜かれる記述に出会えるわけではない。しかしながら(これは翻訳者の技量に拠るところも大きいはずだが)、簡潔かつ明晰に進められる筆の運びにはいつでもどことなくユーモアが漂っていて、これまたカストロ=キューバのイメージを裏切らず愉しい。野球、チャベス、ホンデュラスで頓挫したクーデタ、マイケル・ムーアが飛ばしたオバマに関する皮肉、広島の原爆などなどすべての物事が等価の視線を照射され、語られてゆく。どれを読んでいても、豊かな口髭の端っこをほんの微かにニヤッとさせている「司令官」の顔が浮かんでくるようである。考えてみるとカストロとは演説のプロ中のプロなわけで、読者や聴衆の心を掴む職人に他ならない。キューバ社会のミクロな現実やら政治犯の存在やらに思いを馳せておくのも重要だろうが、この本はしかつめらしい顔をして開くものではなく、自分の頭の空気をさっと入れ替えるための軽い換気のようなつもりで読むのが良いだろう。

『カストロは語る』
フィデル・カストロ/越川芳明訳/青土社

□amazon情報
http://www.amazon.co.jp/dp/479176577X

初出

2011.01.24 13:30 | BOOKS