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『音もなく少女は』
ボストン・テラン

文=

updated 11.30.2010

我々は彼らを知らない

文=川本ケン

2001年に長編第一作『神は銃弾』が翻訳され、この小説が四作目にあたる。寡作な、と呼ぶことはできるだろう。だが、それぞれに異常な強度を持つノワールであるので、そういうものを大量生産するのが不可能であることも理解できる。いずれにせよ、前作の残響が消えきらないうちに次の作品を手に取るという具合であったので、夏に刊行されていたこの第四作目の存在に、気づくのが遅れたことを自らに恥じた次第。

テランの、というより我々を撃つすべての小説は、すみからすみまで異世界の言語によって書かれたものであるという事実を、きわめて具体的な体験として読者に伝える。計り知れない論理に基づき、見知らぬ文法によって綴られた物語。その中で見当識を失いながら読み進めるというのが小説を読む強烈な悦びそのものとなる。

もちろん、本作もその点ではかわりない。紋切り型も新奇さを求める自意識もない。謎もどんでん返しも必要はない。ただ、そこに人間たちが存在し、行動している。そして我々は彼らを知らない。知らないが故に惹き込まれる。だが明白に過去の作品と異なる点がひとつだけある。女性たちはこれまでのテラン作品でもたびたび強烈な印象を残してきたが、この作品は女たちを主人公とする。そもそも、シンプルに『WOMAN』と題されている。

物語もまた、きわめてシンプル。であるが故に、ここで要約してみせる必要もないだろう。「最も強い人間は女である」という意味の言葉が響き渡る場面もあるものの、そのこと自体はまったくもってあたりまえの事実として言語化されるばかりで、聾唖の女性であるヒロインは、それを静かに突き抜けてゆくのである。

だから、表面的な読みにくさもここには存在しない。それはまた、テラン自身にとっても、次の地平が開けたということなのかもしれない。調べてみると、04年に発表された今作のあとすでに二作の長編が書き下ろされ、しかも七作目も今月末の刊行リストにあがっている。五作目はウェスタンで、七作目はその続編、そして六作目はイラク帰還兵と野良犬の物語ということらしい。今作で到達した境地の先に展開する小説群である可能性はかなり高い。

『音もなく少女は』
ボストン・テラン/田口俊樹訳/文春文庫

□amazon情報
http://www.amazon.co.jp/dp/4167705877

初出

2010.11.30 11:00 | BOOKS