749-pc-main

アン・リー監督
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』

この世界のなにかの本質

文=

updated 01.24.2013

幼年期には、『ロビンソン・クルーソー』や『スイスのロビンソン』(『家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ』原作)なんかを愛読して、来るべき「無人島漂着」に備えて知識を万端整えたりしていたものだった。たしか『エルマーのぼうけん』シリーズや『いやいやえん』なんかにも同じような魅力があったような気がする。

とはいえやはりそういう物語の中でも、どちらかといえば海上漂流よりも、島に辿り着いてから洞窟や大樹を住処にしていく過程の方がワクワクさせられたものだった。泳ぎが苦手だからというよりも、大海原の上ではとにかく創意工夫で生き延びられそうな余地、すなわちファンタジーの入り込む余地が絶望的に少ないと感じられたからだろう。だからこそ、斉藤実の『太平洋漂流実験50日』のように完全な海上漂流ものであっても、実は海水でも(ある程度)飲んでも良いのだというサヴァイヴァルの新たな知見を与えてくれるような本には夢中になれた。そうして溜め込んだ(つもりになった)知識と経験は今にいたるまで活用される機会を得ていないが、「ありあわせのもので臨機応変に対応する」という基礎的反射回路のようなものだけは、そうした読書の賜物として体内に刻まれているような気がなんとなくしている。

 

そんなことを一挙に思い出させてくれたのが、この『ライフ・オブ・パイ』だった。副題に「トラと漂流した227日」とあるが、「事実に基づいている」わけではない。にもかかわらず、この映画を充たすいわゆるマジック・リアリズム的な要素の数々を見た後でも、荒唐無稽なほら話というよりも、たしかにこういう経験をした人間がいたに違いないという印象が残る。救命ボートに残された装備をはじめとするありとあらゆるものを動員することで、奇跡的にではあってもこのようにして生き延びることができたのだろうと納得させられるのだ。そういう意味で、リアルさとファンタジーという乖離したものを直結させるという漂流ものの魅力の精髄を、見事に召喚し得ている作品であった。

その上で、この映画がそのジャンルをもう一歩だけ突き抜けているのは、やはり副題にあるトラの存在が故ということになる。救命ボートで一緒に漂流するとは言っても、トラが話しかけてきたり、親友になったりするわけではない。獰猛な獣はあくまで獰猛な獣のまま主人公の命を脅かし続ける。そしてその脅威は、大海原という遥かに強大な脅威と対峙するときに、主人公にとって梃子の支点に似た役割を果たすのだ。トラとの対峙によって、主人公の内面は辛くも散り散りにほどけることなくとどまる。

 

そしてまた、映画のフォルムのレベルでもその結束が緩むことはない。モーション・グラフィック的な感覚をもギリギリかすめていく3D映像は、様々な語りのレベルをそのままレイヤーとして重ね合わせ、単にリアルな奥行き感や飛び出し感といった映像の迫真性に特化せず、あくまで物語の重層性を観客に直截に体験させるものとして見事に機能している。3D映像こそが、この映画を構成するすべての要素を束ね、見事に物語を編み上げているものの正体でもあると言えるだろう。3D表現が、このような必然性をもって機能している映画を見たのは、はじめてのような気すらする。

結果として出来上がっているのは、アン・リーが自家薬籠中のものとしてきた、一筋縄では昇華しきれない強度と豊かさと意味を持った、もうひとつの神話であった。観客である我々は、劇中この物語に触れることになる保険調査員や作家志望の青年のように、狐につままれたようでありながら、どういうわけかこの世界のなにかの本質に、ほんの一瞬だけ触れたような感覚を体内に宿して、映画館を後にすることになるだろう。

☆ ☆ ☆

 
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
2013年1月25日(金)TOHOシネマズ 日劇ほか全国公開<3D/2D同時上映>
20世紀フォックス映画 配給
(C) 2012 TWENTIETH CENTURY FOX FILM

オフィシャルサイト http://www.foxmovies.jp/lifeofpi/

スタジオ・ボイス特別号「MUSIC in CAR」>>「MEMORY〜印刷されたクルマの風景〜」から、『Speed Kings』~レーシングカーの刹那的な感触~をご紹介します!

初出

2013.01.24 09:30 | FILMS