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エミリオ・エステヴェス監督
『星の旅人たち』

ストレートな旅愁という奇跡

文=

updated 06.06.2012

老年期を迎えたひとりの男が、巡礼の旅に出る。そんな映画はこれまでに腐るほど撮られているに違いなく、しかもこの作品はサンティアゴ・デ・コンポステーラへの道を辿るという。それだけを聞けば、四国のお遍路を題材にした映画とおなじくらい食指が動かないが、主演はマーティン・シーンだし、監督はエミリオ・エステヴェスだというので、もしかするとそうした負の期待を裏切ってくれるかもしれないと考える。果たして、その予感は間違っていなかった。

中年期を迎えつつあった息子がふらりと自分探しの旅に出てしまい、巡礼の道に足を踏み入れた途端に事故死してしまう。そんな息子の甘っちょろいロマンティシズムを微塵も解しない父親は、遺体を引き取るために現地入りするが、息子の霊に誘い出されるようにして、彼の果たせなかった旅に足を踏み出す。つまり、物語になにか決定的なヒネリが加えられているわけではない。映画はいわゆる「美しいヨーロッパの田園風景」を映し出すし、愉快だったり奇妙だったりする旅の仲間も出来る。すべてが観光映画の定石通りと言えるだろう。だが、どういうわけか退屈させられることはない。それどころか、久しぶりにこんな旅をしてみたいという気持ちに、まんまとさせられるのである。

その土地で映画を作るために物語をでっち上げ、好きな風景だけをカメラに収めたいというのは、どんな作り手でも一度は駆られたことがあるはずの衝動だろう。ただし、わずかでも意識的な人間であれば、その欲望に身を委せた場合、いくらかでも刺激的な作品に仕上げるのがどれほど困難であるかを想像できるが故に、決して手を出さないもののひとつでもあるだろう。実際、プレス資料に収められていたエステヴェスのインタヴューを見ると、「企画を最初に売り込んだ時、相手の目が凍り付くのがわかったよ」と記されている。鬼門に足を踏み入れたことにすら気づいていないアーティスト気取りほど始末に負えないものはない。

もちろんエステヴェスは、そういった連中からは一線を画していたということにほかならない。この映画は、初期衝動とそれを映画として成立させてゆくための繊細な計算とバランス感覚によって、奇抜さを一切追求せず、かといって自堕落な開き直りに陥ることもなく、どこまでもストレートに成功を収めているのだ。それは、映画としての品の良さと言ってしまっても良いだろう。主人公たちのちょっとした感情のやりとりや、言葉の投げかけ合いを捉えるときのカット割り。不必要な場所ではセリフを極力抑え、目線のやりとりといったものだけでコミュニケーションを描き、なによりも風景の絵はがき的な美しさは最大限に利用しながらも、そうではない画にも力強く語らせるさりげない腕力。物語においても、凡庸な人情ものに陥る瞬間に幕を引き、次の時空へと主人公を旅立たせる見事な手際を見せる。

そういうわけで、どっちに転ぶのだろうかという、冒頭のスリリングな時間を過ぎてしまえば、あとはゆったりと気持ちよくすべてを楽しむことができるだろう。そういえば長いことドミトリー形式の宿になんか泊まってないし、旅の道連れと突然距離が縮まるなんてこともないし、良い風景の中で美味いものを食べたり飲んだりするだけで一日が終わるということもしていないなあと、素直に旅愁をかきたてられれば、それで良いのだ。映画によってそういう素直な気持ちにさせられること自体が、ちょっと感動的ではないか。凡百の映画は、そういうものを目指して、まったく逆の結果に陥るのだから。

☆ ☆ ☆

『星の旅人たち』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか 全国順次ロードショー
© The Way Productions LLC 2010

□ オフィシャルサイト
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初出

2012.06.06 10:00 | FILMS