NEBRASKA

アレクサンダー・ペイン監督
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』

ただそのようにして生きている

文=

updated 02.25.2014

最良のアレクサンダー・ペインの作品は、受け止めにくい。共感の枠組みの中にすんなりと収まらない。つまり、なんらかの教訓を引き出しにくい。とはいえ、過激なことをやろうという自意識が前面にあるわけでもない。ただ、収まりきらないその余剰部分こそがこの世界の手触りであり、それが彼の映画を支える必然性となっている。 その手触りが感じられなければ、「普通に良い話」でしかない。それが悪いわけではない。なぜなら、そちら側にぐっと身を寄せたのが『アバウト・シュミット』(02)や『サイドウェイ』(04)であり、それを素直に受け止めた観客によってペインの映画は支えられているのだろうから。

だがもっともペインらしい、例えば『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(99)は、生徒会長を目指す女子生徒とそれを阻止しようとする教師によるコメディで、どちらの側にも共感しにくい映画だったし、『ファミリー・ツリー』(11)にしても、結局のところハワイの自然を開発の手に委ねるかどうかというお話と妻の愛人を巡るドタバタからは、なかなかに教訓を引き出しにくかった。もちろん、『アバウト・シュミット』にしても『サイドウェイ』にしても、きちんと映画を見れば、奇妙な余剰部分を核に持つ作品であることは明らかだろう。 この『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』もまた、たしかにわかりやすく家族をテーマにした映画ではある。少し痴呆気味な様子の年老いた父親(ブルース・ダーン)が、懸賞金を当てたからとネブラスカ州にあるリンカーンという町まで歩いて出かけようとする。それは明らかに詐欺広告の類なのだが、家族の制止を聞かない。車の免許を取り上げられ、運転することができないのだから自分の足で行く他ないのだと、目を離せば歩き始める。長男(ボブ・オデンカーク)と母親(ジューン・スキップ)は、老人ホームに放り込むことを主張するが、次男デイヴィッド(ウィル・フォーテ)は、父親の旅につきあうことにする。彼自身の人生もまた停滞していて、しかもその澱みから出ること自体に躊躇してもいるため、やみくもに前進しようとする父親の運動に巻き込まれることで、停滞した日常の時間の中から引きずり出されてみたいという気持ちもあるだろう。

だが父親は頑固で口が悪く、禁じられている酒を飲んでは入れ歯をどこかに落としてきたりする。まったくしおらしいところがない。傍から眺めているかぎりでは可笑しく、愛すべきクソジジイなわけで、そんな父親と、彼に振り回される息子の姿を眺めながら、観客はクスクス笑い続けることになるだろう。だから見終わった後に、「年老いた両親にやさしくしたくなった」式の素朴な感想を抱くことも可能ではある。だがいうまでもなく、ほんとうは、そういう映画ではない。 なにしろ、老いた父親はただ自らのオブセッションによってネブラスカへ向かおうとしているに過ぎなく、その限りにおいて家族など存在しないかのように振る舞っているという事実に変わりはないのだから。一般的な「良いお話」であれば、そのオブセッションの裏にある真の動機によって観客が泣かされたりするのだろうが、この映画にはそういうものが存在しない。いや、一見それにあたりそうなものは終盤に至って漏らされるし、それを受けて起こす息子の行動が感動的であるようにも見えるかも知れない。

しかしながらひとことで言えばこれは、自分勝手に生きてきた男が、ようやく人生をあきらめるという映画なのだ。改悛するのではない。自分勝手に生きてきたということは孤独にあがいてきたということなわけだが、彼はただ、あがくことを止める時が来たことを知る。家族を持ち、子どもを育てるというのはそういうことではないのか。父親はこれまで、それができなかったが故に「父親として失格」だったのだ。息子もまたその瞬間につきあうことで、自分自身も父親と同じ種類のあがきにとらわれていたが故に停滞の中にあったわけで、そこから抜け出すには、どうにか折り合いの付け所を見いださなければいけないのだということを理解する。たとえ停滞の先にあるのがもうひとつの、死ぬまで途切れることのない澱みであったとしても。それは幼稚な認識かも知れない。だがたしかに、「親を大切にしなきゃ」というぬるい感想によって身をかわさざるを得ないほどに、酷薄な真実ではある。この作品は、彼のフィルモグラフィーの中でももっとも厳しい絶望の物語を語っているのではないだろうか。 ただし、ペインの面白さでもあり凄みでもあるのは、その事実をことさらに酷いものとして捉えていないところにある。だからこの映画は、モノクロで撮られているものの、特別な見た目を追求することなく、ごくごくあたりまえに見える映像的仕上がりを獲得している。そこには、わかりやすく「凄みのある美しさ」みたいなものはなく、ただのっぺりと、中西部の大地が広がっている。そしてその中で続いていくあきらめた人間たちの澱んだ生の営みが、ただ見つめられている。良くも悪くもない。ただそのようにして我々は生きているということなのだ。そのこと自体は、感動的なことではないか。

☆ ☆ ☆

『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』 2月28日よりTOHOシネマズシャンテ、新宿武蔵野館他全国ロードショー オフィシャルサイト http://nebraska-movie.jp (c)2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

関連記事:ジャン=マルク・ヴァレ監督『ダラス・バイヤーズクラブ』
関連記事:ウルリヒ・ザイドル監督「パラダイス 3部作」
関連記事:リー・ダニエルズ監督『大統領の執事の涙』
関連記事:ポン・ジュノ監督『スノーピアサー』
関連記事:ニコラス・ウィンディング・レフン監督『オンリー・ゴッド』
関連記事:エドゥアルド・サンチェス監督ほか『V/H/S ネクスト・レベル』『ゼロ・グラビティ』
関連記事:ダニス・タノヴィッチ監督『鉄くず拾いの物語』

初出

2014.02.25 16:30 | FILMS