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ダニス・タノヴィッチ監督
『鉄くず拾いの物語』

映画としての強度

文=

updated 01.11.2014

ファースト・ショットで、画面の中の子どもたちが我々の方を覗き込む。カメラは不安定で、ライティングもされていない。だが、この作品はいわゆるドキュメンタリー映画ではない。主人公たちの身の上に起こった出来事を、当事者たち自身が演じるというやり方で撮影された映画なのであり、すなわち劇映画には違いないのだが、冒頭のショットにおけるカメラ目線が示す通り、いわゆる劇映画の枠組みの中に物語なり現実なりを押し込めようという作品ではない。 ボスニア・ヘルツェゴビナ国内の片隅、人里離れた林の中のさらにどん詰まりにあるゴミ捨て場。その近くというより、ゴミ捨て場の中に棲むと言っても良いだろうロマ族の一家が、主人公となる。彼らの集落は紛れもなくこの世の果てそのものであり、プラスティックや金属製の廃棄物が屋外のいたるところに放置されている。そうしたゴミの中から再利用可能なものを選別し、スクラップ業者に持ち込むことで現金を得ている。たとえば自動車であればマグロのように解体し、めぼしいパーツに切り分ける。 ロマ族というのは、周知の通り少し前まで「ジプシー」と呼ばれていた人々のことで、観光客としては例えばパリの路上のひったくりやスリといった形で接触した人も多いのではないだろうか。だがこの映画に登場する人々は、そうした生業を営んでいるわけではない。 さて、ある日この一家の母が体調を崩し、寝込む。夫はポンコツ車を鞭打ち、町の病院に妻を連れ込む。すでに流産しており、掻爬手術を受けなければ命に関わることが判明する。だが手術費を払えない彼らは、そのまま病院を追い出される——。という事件の記事を監督タノヴィッチが読み、すぐさま当事者宅を訪れたというのが、この企画のはじまりだったのだという。通常の劇映画化を一度は構想したものの、時間/資金の問題からあきらめ、そのすぐ後、当人たち自身を使って映画化するという方法論に辿り着いた。 先ず我々を驚かせるのは、強かな演出力ではないだろうか。きちんとした脚本はなかったと監督は語っているが、そこにはハッキリとした構造があり、素人たちの演技によって物語はなんらの不自然さもなく語られている。周辺情報を知っていなくても彼らの置かれた状況はありありと浮かび上がってくるし、なによりも、74分という昨今の基準からすれば短いとはいえ長編の尺を支えるだけの時間、我々は退屈することもなく彼らの生に付き合えるのだから。 しかも、退屈しないのはそこに悲惨な物語があるからではない。それはなによりも、この作品が映画としての強度を獲得し得ているからにほかならない。例えば、前述の通り主人公一家の生活する集落は道のどん詰まりにあるのだが、追い詰められた夫はひとり、その道をさらに先へと進み、地獄の底へ続くとでも言うような斜面を下り、降り落ちてくる細かな雪の中で、ゴミをひとつまたひとつとシジフォスのように運び上げることになる。

 

一方、どん詰まりの反対方向に町、すなわち病院は位置するわけだが、そこへと向かう道には、あたかもこの世とあの世の境界を示すかのように、原発の煙突が煙を吐きながらそびえ立っている。いや、境界というより、一家が幾度となく行きつ戻りつするその道は、黄泉の国そのものなのだろう。その足下を走り抜けるとき、彼らは最も死に近づいている。だから、手術を終えた一家が我が家に戻るときには、巨大な死を孕む煙突が目に飛びこむことはない。 かくして、悲惨さが前景化することなく、すなわち映画がメッセージの手段と化すことなく、ひとつの物語だけが、静かに我々の中に沈殿することになる。もちろん、この映画がこの方法で作られているということ自体が、主人公一家が死に侵されなかったという事実を示しているのだから、この物語が語られ、我々の中に沈殿したということはすなわち、この映画が、ということはそれを見ている我々もまた、黄泉の国との戦いに辛くも勝利したということにもなるだろう。 冒頭のカメラ目線は、文字通りカメラのこちら側にいる我々を見つめる視線でもあるのだから、この作品を見てしまった以上、我々はこの作品に見つめられることにもなる。どこか悲惨な国に生きる、悲惨な人たちの物語ではないのだ。

☆ ☆ ☆

『鉄くず拾いの物語』 本日=1月11日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー! オフィシャルサイト http://www.bitters.co.jp/tetsukuzu/ 配給:ビターズ エンド

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初出

2014.01.11 11:00 | FILMS