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ジャン=マルク・ヴァレ監督
『ダラス・バイヤーズクラブ』

透明な役者たち

文=

updated 02.21.2014

ひとりの痩せたカウボーイ、ロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒー)が博打を打ち、酒を飲み、女を抱いている。どこから見ても粗野で軽薄、知性のかけらも感じさせない。時代は80年代半ばのようだ。 そんな彼がある日意識を失い、担ぎ込まれた病院でHIV陽性と診断される。余命は30日。「ホモ」でもないのにそんなことはあり得ないと、大暴れをするが、身体が様々な症候に侵されていることは直視せざるを得ない。 AIDSについての知識をかき集めたロンは病院に戻り、担当の女医イブ(ジェニファー・ガーナー)に、当時未承認薬であった「AZT」の処方を迫る。当然、拒絶される。そこで、ひとりの病院職員を買収し、「AZT」の横流しをさせるが、それも長続きはしない。 次の入手先として彼は、国境の南側、すなわちメキシコへと向かう。そこで出会った「無免許医」は、AZTは副作用が強すぎてむしろ死期を早めるとして、別の薬剤を複数種組み合わせてロンに投与する。そのセットを大量に持ち帰った彼は、文字通り「ドラッグ」のようにして路上で売りさばき始める。やがて、「トランスジェンダー」のレイヨン(ジャレッド・レト)が商売上のパートナーとなることで、販路は一挙にゲイ・コミュニティの中に拡大してゆき、さらなる仕入れが必要となる。 連邦政府、製薬会社、医師が三つ巴となった権益集団は、その「自助努力」を非合法なものとして、積極的な阻害活動を開始する。その網の目をかいくぐるために考案されたのが「ダラス・バイヤーズクラブ」である。会費を払った会員には、薬物のセットを無料で支給するという形式をとることで、薬物の「違法な売買」は行わないというシステムだった。

という物語が、自然光のみで撮影された生々しくもあり瑞々しくもある映像と、俳優たちの透明な芝居によって綴られる。しかも、その物語自体には深刻ぶったところがない。なにしろ主人公自体が、同性愛者への偏見に満ちた、他者愛から最も遠い人格の男であり、どんな状況の中でも自らの欲望を忘れないのだ。そこから生まれる笑いの中でさりげなく心を打つというドラマの積み重ねによって全体が構成されている。 もうあとほんの少しやりすぎると映像のスタイリシズムや「熱演」のうっとうしさ、あるいは筋書きや見せ方のセンチメンタリズムによってすべてが台無しになりかねないところを、危うさをかけらも感じさせないまま、この映画は見事な均衡点を保ち続ける。 もちろん、こういう場合いつでも話題に上ってしまうマシュー・マコノヒーの「身体改造」はそれだけでも凄まじいものなのだが、その点がこれみよがしに浮き上がることはない。そうではなく、病状の一進一退に伴ってハッキリと肉付きも変わるし、ほとんどマコノヒーに見えないくらいの姿に変貌してしまっているわけで、役者が物語と完全に一体化しているといえるだろう。そういう意味では、ジャレッド・レトなどもレイヨン以外の何者にも見えない。

☆ ☆ ☆

『ダラス・バイヤーズクラブ』 2月22日(土)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国ロードショー! オフィシャルサイト http://www.finefilms.co.jp/dallas/ © 2013 Dallas Buyers Club, LLC. All Right Reserved.

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初出

2014.02.21 13:30 | FILMS