WAR HORSE

スティーヴン・スピルバーグ監督
『戦火の馬』

世界を結像させる馬

文=

updated 03.02.2012

イングランドの貧しい小作農の家に育った少年が、一匹の馬ジョーイと出会い、心を通わせる。やがて第一世界大戦が始まり、困窮した父親により馬は陸軍少尉に売り渡される。その後、敵・味方、軍人・民間人、大人・子供を問わず、馬を愛する人間たちとの出会いによって、ジョーイは戦場を生き延びてゆく。

馬の一人称によって語られる児童文学を原作としたこの作品は、全編スピルバーグの大得意とする無垢な衝動に充ち、我々の心を素直に揺さぶる見事な娯楽映画に仕上げられている。主人公たる馬のジョーイには、いつでもどこからともなく天からの光とでも呼ぶほかないものが照射され、宗教画の神々しさをたたえているし、それを言うなら、CGを出来る限り排したという画作りによって、馬がほんのちょっとした仕草で内面を直接語りかけてくるように見える瞬間を中心として、すみずみに至るまで繊細なサスペンスが張り詰められている。

構造としては、『太陽の帝国』を裏返した作品とも言えるだろうか。本作では悪と善が明確に峻別された形で提示されるのに対して、『太陽の帝国』ではその区別自体が最初から最後まで決定不可能なものとして相対化されていた。そういう意味では真逆の世界観を持つ二作品であるわけだが、それぞれの軸となる主人公たち(今回は馬、『太陽の帝国』では少年)は、そうした世界の有り様を映し出す媒介の役割を担うという点において通底している。世界は、生きようとする彼らの行動を通して、結像するのである。

つまり、もしジョーイが生き延びて少年と再会しなければ、この世界は生きるに値しない場所であることが証明されてしまうことになるのだが、もちろんそういうことにはならない。映画を見ている我々も、スクリーンに映し出される出来事が絶望的なものであればあるほど、生き延びてゆくジョーイの姿を通して、言語を越えた直截の体験として希望を感じ取っている。だからこそ、我々は固唾をのんでジョーイの命運を見守ることになるのであり、それ故にこの映画はストレートな娯楽として機能するのである。

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『戦火の馬』
2012年3月2日(金)全国ロードショー
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□ オフィシャルサイト
http://disney-studio.jp/movies/warhorse/

初出

2012.03.02 09:00 | FILMS