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スティーヴン・ソダーバーグ監督
『サイド・エフェクト』

サスペンスはどこに?

文=

updated 09.05.2013

この映画を語る際に、「ヒッチコック風サスペンス」という言葉が使われている。たいていの映画の場合、予備知識ナシで不意打ちを喰らうというのが正しい見方なわけだが、この作品に限っていえば、ひとまず「ヒッチコック風のサスペンス」であることだけは知っておいた方がいいだろう。もちろん、それがどの「ヒッチコック風サスペンス」を指しているのかについては、予め知ってしまってはならない。

なぜならこれはソダーバーグ映画であるし、冒頭提示される題材が「鬱病患者」と「抗鬱剤」なのだから、ともすれば精神医療業界を巡る社会派ドラマに見えてしまう。となると、無自覚に薬物を処方し、製薬会社の接待を受けては報酬を伴う臨床試験に参加するジュード・ロウ演じるところの医師、ジョナサン・バンクスは悪役なのだろうかと疑うことになるだろう。であれば、その診察を受ける鬱病患者エミリー・テイラー(ルーニー・マーラ)こそが被害者ということになる。

だが、としばらく見ている内に考え始めるだろう。社会派ドラマだとすればあまりにヒネリがないぞ、と。精神医療業界が製薬会社の思うがままに操られていて、不必要な投薬によって患者が再生産されているという図式は、これまでいくらでも目にしてきた。そのあたりで、夢遊状態のエミリーが夫を刺殺する。まさか、ここから声高に抗鬱剤の功罪が暴き立てられるわけでもないだろうな、という不安が募り始める。そもそも、リアルな業界ものだとしたら、こんなことは制度的に可能なのだろうか、という疑問さえ頭をもたげる事も起こり始める。リアルでないとすれば、いったい何がしたいのだ……?

しかしながら、これが「ヒッチコック風サスペンス」であることさえ知っていたら、どこにサスペンスが潜んでいるのか、誰がウソをついているのか、誰がいつどのように瞞されているのか、そういった疑問を脳内に設置した上で画面に目を凝らすことができる。すると、全く違った貌が姿を現すことになる。今起こっていることが制度上可能かどうかというリアリズムもまた、二の次になるのだ。

 

実は、制度に関する疑問は最後まで残ったのだが、テクニカル・アドヴァイザーに「博士」の名前があるので、まあアメリカではこういうことなんだろうと信じることにする。それ以外の、映画の進行と共に各所で残った違和感を脳内で再検討しながら後半を見ていると、なるほどやはりその感覚は正しく、あそこはこういうことだったのだという具合に腑に落ち始める。それが、演技レベルでのことも含んだりするので、さすがな緻密さを持った作品ということになるのだ。自己陶酔的な図太さを見せる鬱病ヒロインの表情を見て感じたことは正しいのだ、と。

とはいえ、すべてが解決したように見える結末部を過ぎた後でも、いくつか根本的な疑問、あるい可能性の存在に気づくだろう。それはとても怖ろしい可能性であるし、もしかするとそれこそがここで語られている物語の真意なのではないか、と。

そういうわけで、ソダーバーグの「劇場映画最終作」は、とても愉しく精密な、珠玉の作品なのであった。

☆ ☆ ☆

『サイド・エフェクト』
9月6日(金)TOHOシネマズみゆき座ほか全国ロードショー
公式サイト http://www.side-effects.jp/
©2012 Happy Pill Productions.

 

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初出

2013.09.05 08:30 | FILMS