396-pc-main

ダグ・リーマン監督
『フェア・ゲーム』

「お前は誰だ?」

文=

updated 10.25.2011

ひとことで言えば、イラク戦争の大義名分であった「大量破壊兵器の開発・隠匿」という、今では大嘘であったことが周知の事実となっている「嫌疑」に、根拠がないことを示そうとしたCIA職員の女性と元外交官であるその夫が、政府内の権力者による陰謀により追い詰められる、という話。この映画の面白いところは、普通なら「巨大権力と戦う社会派サスペンス」としての結構を整え、それをいかに効率よく機能させるのか、というところが主眼になるはずが、『ボーン・アイデンティティ』シリーズのダグ・リーマンだけに、ここでもやはり「お前は誰だ?」という問いが核となって映画を動かしていることだろう。周知のとおり『ボーン〜』シリーズでは、「オレは誰だ?」がその問いだったのだが、ここでは最初から最後まで、主人公であるCIA職員が「お前は誰だ?」と問われ続ける。

それはもちろん、身分を偽りながら活動している人間に対する素朴な質問として発せられるのだが、この映画では、小さな個人と巨大な権力の戦いという以上に、「青臭い正義感」に駆られ面と向かって巨大権力に戦いを挑む夫と、その権力の強大さをイヤというほど理解しあくまで公務員としての分の中で例外的な状況をやり過ごそうとする妻との間の戦いに焦点が合わせられてゆくが故に、「お前は誰だ?」という問いが、「社会的な属性としてのお前なのか、それをすべてはぎ取った存在としてのお前なのか、どちらなのだ?」という選択を迫る響きを帯びることになる。

夫はその行動によって家族を危険にさらし、自らもまた最終的には陰謀の中に封じ込められ社会的なアイデンティティを喪失せざるを得ない立場に追い込まれる。一方妻は、家族の安全を優先するために、と権力の望む沈黙を選択するが、その過程で夫との良好な関係を失い、いずれにせよ家族のための安全地帯どころか家族そのものを崩壊させかける。夫も妻も、共におのれの信じる自己の物語にしがみつくことで、その自己そのものが破壊されてゆくのである。つまり、どちらも必敗の戦いを無闇に戦っているということになる。そしてもちろん、主人公夫妻が闇雲に始めた「戦争」は、アメリカが闇雲にはじめた戦争と、ある種の相似形をもなしている。だからこの作品は、自らの名を名乗り、新たに自己の物語を起動させるところで幕を閉じる。

そういうわけで、一見『ボーン〜』シリーズにあるアイデンティティの不確定性はこの映画に存在していないように感じられるのだが、本質的な自己などどこにもなく、社会と状況の中でどのような自己を選択するのかという行動だけがあるという意味で、実のところ『ボーン〜』シリーズと同じ地平線上にある物語なのである。

『フェア・ゲーム』
10月29日(土)より、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開
□ オフィシャルサイト
fairgame.jp

公開情報

© 2010 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.



初出

2011.10.25 12:30 | FILMS