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デイヴィッド・ムーディ
『憎鬼』

憎いのではなく、怖いのだ

文=

updated 07.06.2011

街中での突発的な暴力事件がおこる。加害者は徹底的に被害者をいためつけ殺害する。しかもその件数は増えてゆくばかりで、「憎しみ」が感染症のように拡がっているように見える。「感染者」は「hater=憎む者=憎鬼」と呼ばれるようになる。やがて人びとは自分が憎鬼を刺激して殺されのではないか、あるいは憎鬼だと思われて殺されるのではないかという、二重の怯えの中で生きるようになる。小役人である主人公もまたその一人であり、おのれと家族の安全が脅かされるのを恐れながら、急激に変質を遂げるロンドンの町で生き抜く方策を考え続ける。

指摘するまでもなく、殺す者と殺される者、すなわち正常と異常、あるいは善と悪の関係と定義を瞬間ごとに入れ替えて見せる仕掛けといい、まさにロメロによる『ゾンビ』シリーズのエッセンスがこの作品の核にある。

『13日の金曜日』における殺戮、『ゾンビ』における狩り、『宇宙戦争』における大戦闘シーンなどなどから、ホロコーストのイメージまでを直截に取り込み、本書では、大きな物語の中のエピソード・ゼロが語られる。

正直なところ最後まで読んでみて、「最終数章から話をはじめてくれよ!」というもどかしさがないわけではない。が、「憎しみに取り憑かれて人を殺すのではなく、人の中に憎しみを見いだし、恐怖のあまり殺すのである」という、「憎鬼」の行動原理における転倒は、興味深い。

この仕組みを発明できたということだけで、本作の存在意義は十分にあるだろう。それ故に、大風呂敷を拡げっぱなしに拡げる三部作の残り二作の方を、早く読みたいものである。

『憎鬼』
デイヴィッド・ムーディ/風間賢二訳/武田ランダムハウスジャパン

□amazon
http://www.amazon.co.jp/dp/4270103876/

初出

2011.07.06 21:30 | BOOKS