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トーマス・アルフレッドソン監督
『裏切りのサーカス』

しょぼくれたオヤジと一部の隙もないサスペンス

文=

updated 04.20.2012

スーツを着た男たちが、タバコを吹かしながらボソボソ話し続けている。盛りの年齢をとうに過ぎている彼らは、典型的に英国風の折り目正しいスーツを身につけてはいるが、倦怠と疲労の混ざり合った気配を滲ませている。小役人たちのようにも見えるものの、視線の奥にある奇妙な虚ろさがその印象を裏切る。

彼らこそが、70年代の英国諜報部「サーカス」の幹部たちであり、目の中の虚ろさとは、猜疑と恐怖によるものらしいことが次第に明らかとなる。「サーカス」内に潜入しているソ連の二重スパイ「もぐら」の存在が立証され、すでにクビを切られ引退生活に入っていた主人公スマイリー(=ゲイリー・オールドマン)が呼び戻され、その正体を炙り出すべく行動を開始する。というのが、この映画の物語である。

これまでならば、どんな役柄であっても己の芝居に酔いしれている様子がありありと伝わってしまっていたゲイリー・オールドマンだが、今回に限っては、「サーカス」メンバーの中でも最もしょぼくれた、小役人然とした風体以上のものを表に顕さない。「緻密な計算と思考により、あくまで水面下での頭脳戦を続けるスパイ」>「スパイであることを隠している小役人風のオヤジ」>「そのスパイを演じる俳優」という三重項を見事に実現し、第三項は限りなくゼロに近似している。おそらく、前知識なしでは、どの人物がオールドマンなのか一見して察知することすら難しいだろう。

その上で、ひとつひとつの出来事とその情報が、現実世界での出来事そのものに近い形で観客に提示されてゆく。すなわち、今まさにスクリーン上で起こっていることについては明確に示されるが、それらをどのように組み合わせ、意味=物語を見いだすべきなのかということについては、また別の問題なのだ。そのために、いわゆる「派手なアクション」を介在することのないサスペンスが、異常なまでの臨場感を持って立ち上がる。エピソードの取捨選択、それらの演出、撮影、美術、ほぼすべての次元で一分の隙もないと言ってしまってよいだろう。

かくて、ただしょぼくれた英国オヤジがボソボソしゃべったりぼんやり考え込んでいたりするだけで手に汗を握るという、恐るべき映画が出来上がるのである。

☆ ☆ ☆


『裏切りのサーカス』
4月21日(土) TOHOシネマズシャンテ、新宿
武蔵野館ほか全国順次公開
Jack English (c) 2010 StudioCanal SA

□ オフィシャルサイト
http://uragiri.gaga.ne.jp/

初出

2012.04.20 10:00 | FILMS