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フランシス・フォード・コッポラ監督
『ヴァージニア』

余裕で楽しい

文=

updated 08.07.2012

コッポラの新作はゴシック・ホラーらしいと聞かされても、どうせ思わせぶりな謎に満ちたアート小品なのだろうと多少高を括って見に行ったというのが正直なところなのだが、あにはからんや、寂れた田舎町の薄暗い色味とトム・ウェイツの投げ出すようなナレーションによって構成されるファーストシーンがすでにバッチリと決まっていて、「お!?」と思う間もなく映画は起動し、黒く乾いたユーモアに吹き出し続けながら、気づくと、とても楽しく充実した89分を過ごしていたという次第。

なにしろ、ペダンティックな逃げはなにひとつ打たれていない。夢と現実の二元論が曖昧化してゆくという部分をそのように捉える向きもあるかも知れないが、それは単純に、ジャンルのルールに則っているだけで、不可解さを高尚さと思い込んでしまおうという欲望はどこにも見られない。

もちろん、「最低限ジャンルについての愛情や知識を要求する映画」、ということでもない。次回作のネタが見つからず、執筆意欲も失いつつある作家が、アメリカ全国を巡るひとりプロモーション・ツアーの途中立ち寄った田舎町で、奇妙な死体を見せながら共同執筆を持ちかける怪しい保安官に出会う。という導入部によってワクワクさせられない性分ならば、おそらくまるでダメだろうが、ならば最初から映画など見る必要はない! というくらいに単純で、わかりやすいお話が、魅力的な俳優たちと、監督の持つ余裕しゃくしゃくの腕力によって展開されるのだから。

見終わった後は、本棚から昔のスティーヴン・キングでも取り出してゆっくりと読みふけりたくなるだろう。それにしても、コッポラにそちら方面の趣味があったという印象があまりないのにもかかわらず、このワクワクさせられる感覚は何なのだろう、ともう一度考えてみると、おそらくは、トム・ウェイツのナレーションに顕れているような、ジャンルへの思い入れの薄さから来る適度なザックリ感が、このお話には重要だったのだろうと思い至った。それが余裕ということでもあるし、アート欲の昇華にも繋がったのだろう。

☆ ☆ ☆

『ヴァージニア』
8/11(土)より、ヒューマントラスト有楽町ほか全国順次公開
© Zoetrope Corp.2011
□ オフィシャルサイト
virginia-movie.jp

初出

2012.08.07 10:30 | FILMS