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マリク・ベンジェルール監督
『シュガーマン 奇跡に愛された男』

作品と信念と人生

文=

updated 03.15.2013

1970年前後に一枚だけアルバムを出して消えたというアーティストはたくさんいる。それだけでもひとつのジャンルをなしていると言ってもいいくらいに。そういう連中の残した作品の中には、ハッとさせられるくらいポップな魅力を放っている曲もあるのだが、だからといってアルバム全体を聴いてみると、それだけで消えてしまった理由がなんとなく理解できるという場合も少なくはない。「これを聴くのなら、歴史に名を残した誰それのアルバムを聴いた方が結局はよかったってことなんだろうな」という結果論によって、“売れなかった”事実そのものによって音までもがくすんだ湿り気を帯びているように感じられたり。もちろんそういうところがこの“ジャンル”の魅力のひとつなわけだが。

このドキュメンタリーの主人公、ロドリゲスというミュージシャンの場合は、70年と71年に二枚だけアルバムを発表した。共に数字をたたき出してきた大物系のプロデューサーによって製作されているのにも関わらず、まったく売れなかった。プロデューサーたち自身が、なぜ売れなかったのかいまだにわからないと語る。たしかに、キャッチーなメロディーと胸に迫る歌詞がある。音作りにも惜しみなく金をかけていることがわかるし、プロデューサーたちにとっても勝負に出たアルバムであったことはすぐに聴き取れる。なにしろ、斜陽の自動車産業と共に荒廃してゆくデトロイトの、そのさらにどん底を彷徨しながら演奏していたひとりの肉体労働者に過ぎなかった彼の第二作目は、ロンドンでレコーディングされているのだ。

こうして、ロドリゲスとの出会いを述懐する彼らの様子がすでにして神話を語る熱を帯びているわけだが、実のところその神話性は、「世間に見いだされることのなかった偉大なアーティスト」という枠組みの中に収まっているわけではない。この映画の物語はその先に存在しているのだ。

 

その舞台は、南アフリカへと移る。もはやその名を知ることも不可能な誰か一個人が、カセットテープかなにかの形でロドリゲスの作品を持ち込んだことが出発点になったらしい。アパルトヘイト真っ盛りの70年代中頃、つまり彼のアルバムがリリースされてから数年の内に、リベラルな白人中流階級に熱狂的に受け入れられた。ナチス・ドイツにも比せられる国家体制によって言論を厳しく統制されていた社会の中で、リスナーたちはロドリゲスの歌詞に気持ちを重ね合わせたのだという。50万枚を超えるアルバム・セールスに達したとされるが、もちろんすべて海賊盤である。

さて、そこからさらに20年近くが過ぎようとしていた頃、南アフリカに住むふたりの音楽マニアが、ロドリゲスの消息を探し始める。「舞台の上で拳銃自殺」というものから「ドラッグ中毒のまま獄死した」というものまで、ありとあらゆる死亡説が存在していた。アーティスト本人に関する情報のあまりの少なさと、作品そのもののイメージから生まれたものに違いないが、くだんの音楽マニアたちは、そんな風に据わりの良い神話には安住できなかったというわけだ。

 

謎を追うミステリーもののスタイルを持つこの映画の結末については、あまり詳細に語ることを避けたほうが良いという考え方もある。だが、それを知ってしまったからといって、この物語の持つ力は微塵も削がれないことを記した上で、少しだけ触れておきたい。結論から言うと、ロドリゲスは何一つ変わることなく、ひとりのプロレタリアート詩人として、十全に人生を生きていたことが判明する。夢打ち破れ廃人として生きているかそのまま死んでしまったのではないかという我々の想像は裏切られることになるだろう。いや、そう思いたいという我々の欲望は、見事に打ち砕かれると言った方がいいだろう。要するに彼は、「これは本当のオレじゃない」式の、あるいは「オレも昔はこんなんじゃなかった」式の、多くが人間が人生のある段階で選択してゆく欺瞞とは無縁の生き方をしていたのだ。それはとりもなおさず、作品と信念と人生が完全に一体化していることの証明に他ならない。ひとりの労働者、ひとりの詩人/ひとりのミュージシャンがすべて等号で結ばれているのだ。

 

「夢を持つ」/「夢をかなえる」などという、一見そうではないように見えてその実、この経済を回転させる末端の歯車になるための呪文に過ぎないモノを唱えながら、前向きに搾取され続ける数多くのバカな(という単語がふさわしくなければ、素朴な)魂たちのことを思うと(そこにはもちろん己自身も含まれるわけだが)、そういう生き方をした男がいるという事実そのものに涙せずにおれるだろうか。

監督は、スウェーデンのドキュメンタリー作家だという。ネタを探して南アフリカに渡り、半年を過ごす内にこの題材に巡り会ったらしい。つまり、日本人を含めて他の誰が撮り上げていてもおかしくない作品だったのだ。この事実に地団駄を踏まない作り手がいたら、それこそバカだろう。

☆ ☆ ☆


『シュガーマン 奇跡に愛された男』
3月16日(土)角川シネマ有楽町ほかロードショー
配給:角川映画
(c) Canfield Pictures / The Documentary Company 2012
公式サイト sugarman.jp

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初出

2013.03.15 10:30 | FILMS